『衝突と流れ in-situ』展 旧西大門刑務所 2004.5.4-5.23

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『衝突と流れ』展イメージとポスター。

第1回ソウル-新村アートフェスティバル(The 1st Seoul-Shinchon Art Festuval  *1)の、イベントのひとつとして開催された『MAC2004 メディアアート展:衝突と流れ in-Situ *2』。

主催は延世大学校マルチメディア研究所(延世大学校は新村洞の北側に位置する、韓国の名門私大)である。

西大門刑務所とは、1907年の大韓帝国時代に設置された刑務所で、日本統治下においては、特に独立運動家が投獄された場所として有名である。

すさまじい拷問に加え、劣悪な牢内環境のもと多くの人々が命を落としたとされており、収監や拷問の様子が蝋人形で再現された歴史館の地下では、自動音声で流れる悲鳴が臨場感を与えている。

普段の刑務所内は、独房棟の通路に天から光が差し、一種敬虔な場所にあるような美しさを感じる。

しかし一瞬ののち、ここで行われたことを思い出し、厳粛な気持ちになる空間である。

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展示場エントランス。

今回は、その天からの光を遮り、独房をひとつずつ各作品に与えるかたちで展示が行われている。会場は旧刑務所の4獄舎と望楼で、

1. Body(身体)

2. Vision/Sight(視覚)

3. Crash and Flow(衝突と流れ)

4. Single Channel(シングルチャンネル)

5. Field of Communication(疏通の場)

6. Outdoor Sound Installation(野外サウンドインスタレーション)

7. Light Art  “Light, Wind”(望楼ライトアート”光、風”)

の7ブロックに分かれている。

85人/組の作家(海外からの招待作家はステファン・ナットキン Stéphane Natkin、レンダル・パッカー Randall Packer、ヴィクトリア・ヴェスナ Victoria Vesna、藤幡正樹、セシール・ル・プラド Cécile Le Prado、クリストフ・シャルル Christophe Charles、ピーター・スタンフリ Peter Stämpfliの7人で、そうそうたるメンバー)が参加しており、1日では十分には見ることができないほどのボリュームである。

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カン・ミンギョン(강민경)の作品。

キム・ピョンジク(김병직)の『passage』(2002年の『韓国の色と光』展〔愛知県美術館など〕にも出展)や藤幡正樹『Field-Works@Alsace』は、共にすでに発表済みの作品である。

藤幡の作品は、GPSで取得したアルザス・ロレーヌ地方(ドイツとフランスの国境地帯)の地形データとデジタルカメラで撮影したビデオクリップを組み合わせて作られた作品である。両国が戦火を交えるたびに翻弄され、葛藤し続けてきた地域を取り扱った作品がこの場所に展示されているということによって別の意味を観客に感じさせてくれる。

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ジ・ハル「水を流す」。

ジ・ハル(지하루)の『水を流す(물 내리다)』は、TVモニタの上に便座を乗せた単純な作りの作品。

水洗トイレの、水のたまっている窪みに隠れて3匹の魚が住んでいる。そこにいきなり急流が起こる(水洗トイレの水が流される)。魚たちは窪みから全身を出し、必死で流れに逆らって泳ぐ。やがて急流は止み、魚たちはそっとまた窪みに戻る。

閉じ込められた空間で繰り返される強いプレッシャーを写した映像は、延々と眺めてしまう。

この展覧会の「企画意図」には、

「西大門刑務所は、韓国の開花期以後の民族的精神と未来への理想と夢が、もっとも苛酷な方法で抑圧を受けた場所であり、訪れた”私たち”を突如として苦痛に至らしめる場所である」

とある。

さらに「そのうえで、この展覧会はここでその生涯を閉じた人々の夢を再生させ、その傷を治癒しながらも、葛藤を引き起こす韓国の歴史の過去と未来を和解させるのだ」と記している。

この展覧会では、パク・ジス(박지수)の”inside of me”(と思われる。ネームがひどく離れたところにあったため合っているか不明)がその主旨を酌んでいた。

本展では数少ないインタラクティブアート(作者から観客にはたらきかけるだけでなく観客もはたらきかけることのできる、”相互作用 interactive”のある作品)のうちのひとつである。

訪れた観客の影がカメラにとらえられ、リフレインして映されるその背景に日帝による半島支配当時のイメージが映し出されるというもの。未来と過去が交差する。

パソコンでメッセージを入れ、それを映像に反映できるようで、観客らがそうしたイメージに文字で語りかけたり、自分の名を投じたりしていた。

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日帝時代のイメージを用いたインタラクティブアート。

その他、ハン・スング(한승구)が独房のドアにモニターを設置し、海面に沈む人の顔を映し出す作品を展示。独房の扉から血が滴るおどろおどろしい作品もある一方、ほとんどの作品は鎮魂を意味するような静謐なものであった。

中には、作品が展示されておらず解放されているだけの独房もある。独房内に入り、明るい房内を見回しながら、静かにかつてのここでの人の有様を考えることもできた。

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セシール・ル・プラド Cécile Le Pradoの作品。

韓国でメディアアートが盛んな理由としては、まず最初に韓国出身のビデオアーティスト、ナムジュン・パイクの存在があげられるだろう。

『MAC2004』の主旨にもその名が何回も挙がっており、彼を学術的に評価しようとするシンポジウムも開かれたようだ。

彼は衛星中継という形でインタラクティブアートの大作を実現させた。

朝鮮半島の、アジアの、世界のもっと上の方から世界を眺めているような俯瞰的視線と彼に根付く民族性を融合させながら作品を作り、話し、演奏し、パフォーマンスしてきた(彼はもうアメリカ人じゃないか、とある韓国人美術家がこぼすのを聞いたことがあるので、韓国の人たちの印象もさまざまだろうが)。

日韓も、多くの「治癒」「浄霊」を繰り返しながら、「相互作用」を図り続けるしかない。

そこにパイクの柔軟な哲学こそが必要になるかもしれない *3。


展覧会原題:미디어아트전시 충돌과 흐름  in-site
2018.07.29.改変


後注:
*1:当時はフェスティバルのホームページ(http://www.ssaf.org/)もあったが、のちに閉鎖され、延世大学メディアアート研究所のホームページにその記録が一部残されるだけとなった。
*2:”in situ”は「本来の場所で」という意味のラテン語。
*3:2002年には本展の第1回目として『MAC2002』が開催され、そこでは主にナムジュン・パイクを学術的に論じるシンポジウムなどが開かれており、延世大学メディアアート研究所の根幹に、ナムジュン・パイクの存在があることがわかる。

他にもアーティストのキム・ジソプ(김지섭)氏は、担当の独房に20日間自らを監禁し、そこで感じたことをひたすら壁に書いていくという作品を残している(直接史蹟の壁に書くことはできないため、養生テープを壁に貼り、その上から心情を記している)。当時の朝鮮日報の記事はこちら

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