『ドキュメント 写真アーカイブの地形図』展 ソウル市立美術館 2004.5.25-6.27

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日本による統治期は京城地方裁判所だったソウル市立美術館。正面右に、かつて学校の先生が持っていた出席簿のようなデザインのタペストリーが掲げられている(カタログも同じデザイン)。


先月ピエール&ジル*1 の展覧会が開かれたソウル市立美術館は、今月も写真をテーマとした展示を行っている。


本展は、韓国の記録写真と芸術のかかわり、そしてその変遷を展示するものである。
大日本帝国による統治期(以下日本統治期)に本格的に導入された写真技術が、やがて芸術に導入され、「客観的に対象を観察する」という写真に影響された認識論や方法論が喧々諤々された。それは有益な観点を多く惹起させたものの、一方で芸術的でないとして、記録写真を軽視する視点も生み出してしまった。

朝鮮半島と韓国における記録写真が、どのように事実や現実、歴史を再現し、知識として体系化されてきたのかを検証するのが、この展覧会の意図である。
1~3階の各階で展示テーマが3つに分かれており、テーマごとに違うプランナーが、相当のボリュームの写真資料や作品を提示している。


・1階 第1部「仇甫(クボ)氏、博覧会へ行く -写真アーカイブと帝国の地図-」

企画者は写真記録学者のイ・ギョンミン(이경민)氏。
日露戦争により大韓帝国が日本の保護国となった1905年から解放(1945年)までの大日本帝国による支配下で、実に68回も開催された博覧会の形を借りて、統治期の写真アーカイブを試みている。
いずれも景福宮で開催された「始政五年記念 朝鮮物産共進會」(1915年)や「朝鮮博覧会」(1929年)については、特に細やかに解説されていた。

本パートのタイトルにある「仇甫(クボ)氏」とは、1934年に朝鮮中央日報で連載された朴泰遠の小説『小説家 仇甫氏の一日(소설가 구보씨의 일일)』の主人公である。
都市風俗をスケッチ風に書き留める考現学の手法に沿って書かれた小説で、日本留学経験のある無職の小説家によって、家族との憂鬱な関係を背景に、植民地となった街をそぞろ歩いた際に出会った人や街の様子が冷めた目で記されるという、資料から京城を客観的に観察し、解釈していく本展の手法と重ね合わされている。
展示は朝鮮総督府による記録写真と、当時の媒体などを用いて、以下の16部で構成されている。
「博覧会出品部門」として、第1部:農業、第2部:林業、第3部:水産、第4部:経済および産業(市場・酒造業)、第5部:土木および建築(建築・都市計画)、第6部:通信、交通および輸送、第7部:刑務および司法(治安維持法違反で投獄された思想犯の顔写真つき受刑記録表)、第8部:教育、第9部:宗教、第10部:地理、第11部:(古)美術、第12部:考古、第13部:保健衛生
「博覧会特設館」として、第14部:学術人類館(朝鮮人の生物学的、あるいは民俗などの文化人類学的特徴を研究するための記録写真群)、第15部:比較写真館(日本統治開始前後のインフラを比較するための記録写真)、第16部:記念写真館(主に日本から皇族が視察に来た際の記念写真群)


これらの項目を見ると、朝鮮総督府が朝鮮半島を記録分析し、どのような利益を得られる場所なのか、そして統治に必要な情報分析のために、特段の感情を持たず研究対象を眺める学者のように、客観的な情報を集めようと活用された写真が集められていることがわかる。

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秋葉隆「巫女 帝釈」、1930年代

これらの記録写真の中で、秋葉隆が1930年代に撮ったムーダン(巫堂、朝鮮半島に現在もいるシャーマニズムの巫女)の大判の写真が目を引く。
秋葉隆は『朝鮮巫俗の研究』などを著した明治生まれの文化人類学者である。
このムーダンの写真も、研究の一環で撮影したものと推測されるが、縦140cmほどの大判に引き伸ばされているにもかかわらず、あまりにボケやアレがなく、シャープに写っているため、とても1930年代に撮ったものと思えない。
バックはスタジオで撮影したのか黒ベタで、それがいっそう彼女の姿を際立たせる。
ムーダンの姿を見慣れたつもりでも、もはや作品と呼んで差し支えないほど、見る者を圧倒する写真だ。


・2階 第2部「資料写真から写真芸術へ」

2・3階は現代作家の写真展示で、2階展示の企画者は写真評論家のチェ・ボンリム(최봉람)氏。16人の作家による作品で構成されている。
企画者は、理想主義にとらわれ、作家のイデオロギーや精神性・感受性を投影した被写体を写真に再現しないと芸術作品にあらずとし、その結果ヒューマニズムや理想主義的な美学を安易に内包させることが常となった韓国の写真芸術から脱し、資料としての写真と芸術としての写真の境界を越える作家の作品を選んだ、と企画意図に記している。


オ・ヒョングン(오형근)の『俳優ものがたり』。
ストロボの光でいきなり闇の中から浮かび上がったような、年老いた俳優たちの写真シリーズである。
演劇・映画俳優として多くの作品に出演したイム・へリム(임해림)、「朴正煕大統領専門役者」と言われたイ・ジンス(이진수)、ミュージカル俳優のツイスト・キム、トロット歌手のシン・カナリアらが、一瞬不気味に見えるような表情を浮かべている。


イ・テソン(이태성)の『所持品検査』。
さまざまな世代の被写体と、その所持品を机上にすべて広げて一緒に写した作品である。
バイオリンと携帯電話を持っている小学生、日本に強い興味を持っているらしく、日本人と交換したらしいネームプレート、日本語のテキスト、着物を着た女性が描かれたスケッチブックを広げる中学生、写真芸術論の本と日本の男性誌・メンズエッグ、様々な肌ケア用品を持った大学生、大量の映画のチケットや自分のプロマイドを持った役者の女性、大量のお札を並べるおばあちゃんまで、被写体の生活や嗜好、その時代の空気や年代差までが色濃く反映された所持品を眺めることができる。
韓国では「N世代」や「X世代」などと、特有の嗜好や年代によって世代をカテゴライズし、名前がつけられる。そしてそれぞれが世代論を踏まえて語られることが多い。そうした世代間の断絶や社会に半ば強要されたラベリングも合わせて一緒に見ると興味深く見ることができる作品群である。


キム・サンギル(김상길)の『Like a Group Portrait』は、バーバリーやハーレー、モデルガンなどの愛好家グループをそれぞれ撮った作品群。
イ・サンイル(이상일)*2 の『故郷シリーズ』は、おそらく地方で農業に従事しているような故郷の人々を、気をつけの姿勢でサンプルを取るように写している。
キム・オクソンの『Happy Together』は、外国人男性と結婚し韓国内に住む韓国人女性らを、その家の中で夫と一緒に撮影している。
映像作家として知られるチョン・ヨンドゥ(정연두)の『常緑タワー』は、ソウルの広津区にあるマンションに住む32世帯を、かなり遠いアングルの部屋全体が見える家族写真として、淡々と写している。

記録されるのは人間だけではない。建物や工場も記録の対象となる。
チョン・ジェホン(정재홍)は『日帝期米農家家屋』シリーズとして、韓国国内に現存する日本統治時代に建てられた日本式、あるいは様式の建物を、キム・ジヨン(김지연)は地方の崩れかけた精米所をアン・スヨン(안수영)は地方の写真館の店構えを、イ・カンウ(이강우)は選炭場を記録している。
イ・ウンジョン(이은종)の『モーテル』シリーズ、アン・サンウク(안상욱)の『703号室』はモーテルの寝乱れたベッドを、シン・ウンギョン(신은경)はチープな壁画の描かれた数々の結婚式場を写し、それぞれそこに残された人間や行為の気配を醸し出している。

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本展のカタログ。写っている作品はイ・ウンジョンの『モーテル』シリーズ。



・3階 第3部「ドキュメンテーションの姿勢」

企画者はイメージ評論家のイ・ヨンジュン(이영준)。
13人の作家の作品で構成された第3部の企画意図には、「私たちに産業はあるか?」とある。
元々は現場の広報用に取られるしかなかった産業写真を、表現のための被写体とした作品群で構成されており、韓国の写真にも多様なレイヤーがあることを示してくれる。
韓国の産業は1960年代以降、ただ目前の新しいことをこなして前に進むことだけを行ってきたが、産業は工場にだけ存在するのではなく、感覚と意味の領域にも存在する。こうした産業と概念を、記録写真によって提示するのが目的としている。

カン・ムンベ(강문배)は大邱広域市庁とタッグを組み、1970年代の大邱における工業地帯とその内部の様子をアーカイブし、またインスタレーション作家として著名なヤン・へギュ(양혜규)は、教科書に載っているセマウル運動 *3 で整備された農村や山間道路の写真をプリントしている。
キム・チョルヒョン(김철현)は巨大なセメント工場や化学工場を、ペク・スンチョル(백승철)の『仁川地域工場風景』は、工場の一部分を強調するように遠近法の強い写真を撮りおろしている。他の作家も化学工場や医学衛生、土木や農業など、第1部に朝鮮総督府によって記録された産業と対をなすように、自国の産業を現代の写真家らしい構図で切り取っている。

・ ・ ・

このところソウルでは、大きな美術館や博物館で記録写真の展覧会が多く行われている。
国立中央博物館では『近い昔 ― 写真で記録された民衆の生活』(4.27-6.6)を、
ソウル大学博物館では『彼らの視線で見る近代』展(4.9-6.12)が、それぞれ開かれている。
またソウル世宗文化会館の前の道路で開催されている”Green Festival”なるイベントでは、『80日間世界一周、そしてソウルの記憶』と題し、マグナムの代表的写真家の作品と、戦後から1950年代のソウルの写真が展示されている。


『ドキュメント』展も含めたこれらの展示は、単なるアーカイブスであることを超え、写真(映像)人類学的な展示ともいえるだろう。写真によって近代の韓国論、韓国人論が語られている。
まとめて見れば日本による支配や近代化、解放、朝鮮戦争、独裁と軍事政権、民主化という韓国の辿った大きな変遷から毛細血管のように伸びたはしばしの変遷を、振り返ることができる。
もしかすると、これらは韓国が多くの闘争を経て民主主義国となり、20年近くたったからこそ、なせる業なのかもしれない。



展覧会原題:다큐먼트 사진아카이브의 지형도
2018.08.19.改変


後注:
*1:Pierre et Gilles、フランスの美術家カップル。写真の修正技術によって人物をイコン化した作品を多く生み出している。
*2:イ・サンギルは1985年以来、5・18民主化運動があった光州広域市望月洞に通い、写真を撮影することをライフワークにしている。望月洞は、軍との衝突で亡くなった一般市民が眠る墓地がある。
*3:セマウル運動とは、1970年代に当時の大統領・朴正煕が推進した農村改革。日本統治時代の朝鮮総督府による農村振興運動を参考に実施されたという。農業の産業効率化を図り、衛生状況を改善せしめんと、当時は全国的な気運が高まった。茅葺き屋根の家屋は、すべてスレートあるいはブリキ屋根を備えた、規格化されたセマウル住宅に改築され、現在でも地方に行けば容易に見られる。




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