
「空間に強い興味がある」とチョン・ヨニ。
建築物内外のある場所を撮った写真のプリントに穴を開け、裏側から油彩やアクリル絵具を練り入れて、表に噴きださせる手法で作品を作ってきた。
噴きだしている絵具の塊は、おびただしい血糊のようでもあり、それがスライムやゲルのように動きそうな、少し非現実的な連想をも想起させる。
作家の咀嚼したものが、生々しい内部から込み上げ、噴き出てきてしまったようにも見える。
まず作家は、ある場所がもつ歴史や記憶、空気からインスピレーションを受け、写真を撮る。
次の過程で作家と対峙するのは、あくまでも写真のプリントであって、想像力によって再現された元の空間そのものではないという。
写真のプリントには穴が開けられ、裏から絵具を塗り込められる。
こうした創作作業が終わると、作品は作家がインスピレーションを得た現場に戻され、展示される。
三元的なものから二元的なものへ転化させたあと、それを三元的空間へと割り込ませる。
そして、その再構成された空間を観客にそのまま展示するという作業を続けている。
チョン・ヨニが今まで「場所」として選んできたものには、西大門刑務所(「衝突と流れ」展に出展)、建て直しのために取り壊しを待つボロボロのアパートなど、きらびやかさとは少し距離のあるものが多い。

©︎Jung Yeounhee
たとえば「扉」という作品では、西大門刑務所の独房の扉を写した写真の、扉の下の隙間から、赤い絵具が噴き出しており、内部から血が流れ出ているように見える。
本作は『衝突と流れ』展でも展示されたものだが、展示場内の天窓は塞がれているうえに照明がなく暗かったこと、そして日帝時代に政治犯とみなされた数多くのひとびとが拷問・処刑され、あるいは拷問致死に至ったという西大門刑務所そのものの記憶とあいまって、非常におどろおどろしく感じられたものだった。
噴き出しているのは、今心臓から溢れたサラサラの血ではない。
時間を経て、粘度が高くなったものが、しかしその赤さを保ったまま噴き出しているのだ。
今に至っても、こんな粘っこいものが独房の中からはみ出てしまうほどの強い念が、感じられる。

今回の『穴』展にも、同じ作品「扉」が展示してあった。
足元に血糊が見えるためハッとはするが、『衝突と…』展で見たときのようにはショッキングではなかった。
さすがに場所のもつ力というものは、作品に大きくかかわる。
本展では他に、LOOPの展示スペースをまず写真に撮って、絵具や小さな人形などをはみ出させる作業をした後、写真に撮ったのと同じ場所に戻す新作も多く展示された。
地下の展示室に向かう階段の背面には、同所を写した写真に、濃い緑色の絵具で朝鮮半島の形を表した「行くべきならば…」や、LOOPの白い展示室の壁が破られてピンクの絵具がねじり出ている「ビュンビュンビュンビュン」などが展示されていた。
作品の中のLOOPの白い壁や白いパイプ、ドアののぞき窓からは、容赦なく絵具がはみ出している。
LOOPはこの次の年に移転を控えている。
ここが単に華やかな場所なのではなく、今までここに訪れ、自分の展示を行ったひとびとの「念」が積もった場所であること、「ここがどこであるか」ということを訴えているようである。
撮影・掲載を許可くださったチョン・ヨニ氏に感謝します。
展覧会原題:정연희 개인전: 구멍
2019.07.07.再編集