キム・サンドン 「入居おめでとうございます」展 オルタナティブ・スペース プル  2004.11.12-11.23

インビテーションカードにも使われた、ソウル市城北区敦岩洞を空撮した写真作品。
この街に住むことへ期待感からか、光り輝くチャームのようなものが描かれている。

オルタナティブスペース プル*1(なお韓国語ではオルタナティブスペースを「代案空間」という)が今年の作家として迎えたのは、キム・サンドン(김상돈)である。
写真を中心に映像、インスタレーションなど多彩な表現で場所の物語を紡ぐ。
ベルリン美術大学に学んだことから、本展ではベルリンを撮った連作もいくつか並んでいる。


オルタナティブスペース プルは、1999年2月に設立、2ヵ月後の4月に開館した。サムジースペース、オルタナティブスペースLOOPと並び、2000年初頭を代表する韓国のオルタナティブスペースである。
そしてこれらに続いて、386世代*3が中心となって、美術館やギャラリーに代わるより実験的なスペース、オルタナティブスペースが数多く生まれていくことになる。

alternative space poolより

入り口を入ると、韓国式の花輪が4本立っており、ユリのむせ返るような香りを放っている。
当初展覧会開催に対して送られた花輪かと思っていたのだが(少し古いタイプの画廊では普通に見られる光景である)、「入居おめでとうございます」という展覧会タイトルから、マンションに入居するひとびとを祝うものであるらしい。
その壁を通り過ぎると、作品が現れる。

まず現れた作品では、机のまわりに土嚢が積み上げられている。
すぐ後ろの壁に大きく引き伸ばされ貼られた写真の1点に、プロジェクターからの光によってスポットが当てられている。
そこには、土嚢からにょっきりと生えた植物の芽が映ってるいる。


その横にはベルリンを撮った3つの連作が展示されている。
大学の庭を観察日記のように撮ったもの、また植え込みの地面や花壇を観察日記風に撮ったものが並ぶ。
ある写真では、落ちた栗から芽が生え、その芽が花壇に植えられ、時間が経ったのか苗木らしくなっていく様子、そしておそらく植え替え先として決定したらしい花壇も造成されていくという、その過程を追っている。

もうひとつは、スライドになっている。
そこでは、クリスマス前後の、モミの木にまつわる顛末が描かれる。
植林された山から持ち出されたモミの木は、売られ、いろんな飾りで飾り立てられ、人々をクリスマスの雰囲気に酔わせる。
祝祭が終わるとモミの木は飾りを取られ、切り倒され、枯れるまで放っておかれ、かき集められてゴミ収集所へと運ばれる。
そのようなモミの木を、キム・サンドンは「忠実な友よ」と呼んで、見送る。

また、ソウルを空撮した写真が2点、壁に飾られている。
インビテーションカードに使われたものだ。
そこに移された街はよく整理されており、箱庭や集積回路に見える。
高層アパートの上方はスモッグで少しかすんでいる。

写真の前にはすだれのようなものがかけられており、そこに等間隔で指輪がぶらさげられている。
指輪にしては異様な形で、よく見ると高層ビルの形をしている。
横には、この指輪をいくつもし、ブレスレットを幾重にも重ねた女性の手が、マンションのチラシをいじっている写真を収めた本が置いてある。
おそらくまとまったお金を持っている層で、このマンションを買おうとする人の、この街への希望と消費欲が表現されているように見える。

さらに写真作品が2点。
画面いっぱいに高層アパートの中層部分を写した作品は、直線がピッと切り立っていて、無駄なものが何もない。均一感が見て取れる。
もう1点は、ぐにゃりとカーブを描く建築の、看板だらけの雑居ビルを写したもの。非常に有機的で、かつ不安定に見え、今にも動き出しそうだ。
好対照を見せるが、どちらも不安感を持たせる。

作家の作業日誌と書かれた制作メモからは、街に対する不信感と希望が見え隠れする。
ベルリンにいたころのメモであろうが、おそらくソウル、特に今回題材とした敦岩洞に対しても、同じような思いで眺めているのだろう。


作業日誌

自転車に乗って銀行の方に行こうとしていたのだが―そこは去年、雨降る夏に僕がひどい交通事故に遭った場所だったので、注意しながら運転した。
-車の速力で振動する6車線の道路の隅に、灰色の塊に見えるものがあった。
ネズミよりもずいぶん大きいという好奇心から近づいてみると、間違いなく野ウサギ。ものすごくうれしかった。都市にて死んだ野性のウサギを見てから、気分が少しずつ良くなっていった。
2001年7月20日

最近、鳥瞰図がずっと目につく。なんでそんなに作り続けて増やすのか… 
その中で、今日はゲーリッツァー駅を通りすぎるときにある鳥瞰図を見たのだが、イスラムの聖堂を立てるためものだ。
直接筆でペイントした絵画鳥瞰図は色が褪せて、それが置かれた台にはきのこが生えているほど、ものすごく前からそんな感じで置かれているっぽかった。
“ベルリンイスラム団体のための、偉大な聖典”ととぎれとぎれに見えるタイトルの下に建てられた、想像上の巨大な宮殿。
その移民たちはこの都会の真ん中で、夢を見ているに違いない。女性たちのムスリム頭巾着用が、学校や公共スペースで禁じられたこの広場に……。
2004年4月27日

少なくとも2年前までは、ベルリン中央駅のホールは明け方の列車を待つくたびれたバックパッカーや、ホームレスたちがひと休みしていく場所だった。
しかしその後、9.11のテロと公共の場としての機能を果たさねばならないとの口実のために、駅舎側は居眠りや禁煙を禁止し、まったく百貨店のように変わってしまった。
いまや駅舎の階段に座ることも禁止だ。そこでは見て、買って、息をして、歩くことのほかは禁止だ。
2003年1月5日

 


展示中の様子は、美術評論家イム・グンジュン氏のブログで見ることができる。
http://chungwoo.egloos.com/798566



展覧会原題:2004 새로운 작가 : 김상돈 <입주를 축하합니다>
2019.8.21.再編集


後注:
*1:2004年当時は仁寺洞の北に接する寛勲洞にあったが、2006年にartspace poolとして舊基洞(クギドン)に移転。
*2:1990年代に30代、1980年代に20代の大学生であった1960年代生まれの人びとを指す。学生時代に民主化運動や学生運動にコミットしていた者が多く、常に権威や既存の体制に疑問を抱き、行動する者が多い)

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