『ハングルダダ』展 SSAMZIE SPACE 2004.9.30-11.5

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サムジースペースのエントランス。

ソウルの西、美術学部で有名な弘益大学校にほど近い場所にあるサムジースペース*1。
1998年のオープンから、2000年代の韓国現代美術を牽引してきたオルタナティブスペースのひとつである。
2000年目前のソウルでは、386世代*2が中心となって、美術館やギャラリーに代わるスペース=オルタナティブスペースが代案空間(=alternative space)LOOP、代案空間プル(풀、現在のartspace pool)、そしてこのサムジースペースを筆頭に多く生まれた。

そのうちこのサムジースペースは、服飾メーカーの株式会社サムジー*3が資本提供元となり、キム・ホンヒ館長*4のリーディングの元、のちに韓国を代表する新時代の作家を扱ってきた。

レンガ造りの建物には、小さいながらも1〜3階まで展示スペースがある。
また、子どもたちを対象にワークショップなども開いている。


今回「ハングルダダ」展は、毎年行われている企画展「pick and pick」の4回目に、企画者として韓国を代表するグラフィック・デザイナーのアン・サンス(안상수、安尚秀)を招き、作られた展覧会である。
「pick and pick」は、重鎮作家1人が若手作家を選定し、ある主題の元に作品を制作させて行うグループ展である。

参加作家は、アン・サンスの他、以下の通り。
キム・ドゥソプ(김두섭)、キム・ヒョンソク(김형석)、ユ・スンホ(유승호)、ムン・スンヨン(문승영)、パク・ユニョン(박윤영)、ぺ・ヒョンウォン(배형원)、キム・ドヒョン(김도형)、キム・サンド(김상도)、パク・ウヒョク(박우혁)、ムン・ジャンヒョン(문장현)、アン・ビョンハク(안병학)、イ・ヨンジェ(이용제)、イム・ジョンへ(임정혜)、ユン・ヨウン(윤여웅)、ジョン・グァンヒョン(정광현)、チョ・ヒョン(조현)、ジン・ギジョン(진기종)、チンダルレ(진달래、ツツジの意)、ピーター・ジョー(피터조)、ファン・ヘソン(황혜선)

アン・サンスは、ハングルのタイポグラフィに革命を起こした人物で、「アン・サンス体」「李箱体」「瑪瑙体」など、今までに一切なかった、まったく新しいハングルのタイポグラフィを開発し、そのフォントは美術界、文化系出版物を発端として、至るところで用いられることとなった。
またデザインとアートの境界を超えて、そのどちらをも包括するような表現と活動を続けている。
ハングルは子音+母音(+子音)と部分を組み合わせて一文字を形作る朝鮮民族固有の文字であるが、その記号性や組成の特質を利用し、たとえば、ハングルを分解して曼荼羅を描いたり、家の門扉を作ったりする、図画や工芸で遊ぶような実験的作品を作っている。

彼のハングルのデザインを拡張していく実験は、「報告書」という藁半紙で作られたアン・グラフィックス(アンのデザイン事務所)が刊行する雑誌で繰り返して行われている。
もっとも有名なフォントは、一切の柔らかさを排除し、ハングルを工業的に作りながらも、まるで原始の文字のように見える通常中央に向って寄せ集められる「アン・サンス体」だが、今回の展覧会のポスターには、アン・サンス体の子音部分と母音部分をややスライドするように崩した「李箱体」が用いられている。

本展は、「ダダ」の名の通り、ハングルの既成概念を壊し、ダダイズムの心でとらえなおす展覧会だといえよう。
デザイン作品もあるが、ほとんど現代美術作家による作品で、そのどれも、ハングルを「壊し」「組み立て」ることで「遊んで」いる。


ユ・スンホ「アーンアーン(엉엉)」
大声で泣くオノマトペを示す「엉」という文字を使って、大きな「엉엉」を描いている。
小さな엉は大きな엉からとめどなく流れ出し、感情が尽きないことがわかる


前回の光州ビエンナーレにも出展したユ・スンホは、細いペンで極小文字を無数に描き、その数や重なり具合によって明暗を出し、風景や人物を描く作品を出品している。
風景は霧にけぶる山水に見えるが、文字がオノマトペを示しているため、そこからその音と感覚が霧雨のように降ってくる気がする。

ジン・ギジョン「僕にとって”ブェク”なものごと」

『衝突と流れ』展にも出展していたジン・ギジョンは、これも小さなハングルを数え切れないくらい書いて形作った「ブェク(뷁)」(ネットスラング。人気絶頂のダンスアイドルグループH.O.T.のメンバー、ムン・ヒジュンの歌「I」の歌詞「break it」について、ムン・ヒジュンの発音をアンチが卑下してネットで話題としたのが始まり。気持ち悪い、忌避したいものを目にした時に使われる。「おえー」といったところか)の文字の上を、プラスチックのマウスがちょろちょろと動き回る。
マウスにはカメラが付いており、「ブェク(뷁)」を形作る小さな文字を接写し、プロジェクターに映し出す。
ネット世界を皮肉っているようでもあり、それが自分自身への怒りに回収されてしまっているようでもあり、面白い。そしてそうした「ブェク」なことを繰り返しなぞるマウスは、現代に生きるたくさんの「僕」を象徴しているようだ。
こうしたCCDカメラに小さな文字や絵を映し出させる手法は、「衝突と流れ」展でも用いていた。

キム・ドヒョン「青年ハングル」

キム・ドヒョンの「青年ハングル」は、1枚の鉄板からハングルの子音のうち「ㅎ(h)」音を切り抜いた後、切り抜いた方を壁に立てかけ、元々の長方形の鉄板を床に置いている。
壁に立てかけられた「ㅎ」の脇には、同じ鉄板で切り抜かれたミッキーマウスの顔(ディズニーランドのロゴのように単純化されたもの)が転がっているというもの。
彫刻という形で、韓国の誇りであるハングルが強烈に示されているが、横にアメリカの象徴、商業主義の象徴が転がっているところに、アイロニーを感じさせる。



アン・サンスの影響かどうかは分からないが(しかしその可能性はかなり高いだろう)、街に出るだけでも、結構皆ハングルで「遊んで」いるのが分かる。
こういうものを見ると、ハングルをまったく知らなくてもハングルの面白さを感じられるのではないだろうか。


後注:
*1:資本元である株式会社サムジーの経営難により2008年に閉館。2018年にはその10年の活動を振り返る大規模回顧展が開催された。
*2:1990年代に30代、1980年代に20代の大学生であった1960年代生まれの人びとを指す。学生時代に民主化運動や学生運動にコミットしていた者が多く、常に権威や既存の体制に疑問を抱き、行動する者が多い)
*3:チョン・ホギュンによって創立された韓国のカバン・靴メーカー。1984年に前身のレザーデコを設立、1993年サムジーに社名変更後さまざまなブランドを展開し、カジュアル服飾ブランドとして国内のトップクラスとなる。それとともに多くの文化事業に乗り出し、ギャラリーサムジー、サムジースペース、サムジーギルなどの現代美術の発展につながる文化施設を運営した。しかし2003年からの赤字経営の責任を取ってチョン氏が経営権を譲渡、代表の座を降りる。こうした経営悪化の流れの中で、すべての文化事業を閉業することとなった。2010年に倒産。
*4:韓国を代表するキュレーター・美術評論家。ナムジュン・パイクの研究者でもある。サムジースペース代表の後は、京畿道美術館館長、ソウル市立美術館館長を歴任し、2018年の国立現代美術館館長公募で最終選考まで残ったものの、落選した。
*5:ロダンギャラリーはサムソン文化財団運営の下、1995年にサムソン生命ビルの1階に開館した、現代美術を専門に扱う美術館。2008年の休館を経て、2011年5月に”サムソン美術館 PLATEAU(プラトー)”に改名、その後2016年8月に運営を終了し、閉館した跡地は外国人向けの高級ホテルになるとも言われている)。これでサムソン文化財団が運営する美術館はサムソン美術館リウム湖巖美術館の2館となった。

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