韓国美術行脚

はんぶんの美術史

−韓国フェミニズム美術−

반의 미술사 -한국 페미니즘 미술-

イラストに描かれているのは、ユン・ソンナムの作品 『鐘の音』(2002、手前)、『音』(2019、奥)。



私たちはまだ世界を半分と少ししか知らない


「半分」。
韓国フェミニズム美術について書こうとしたら、この言葉が思い浮かびました。

どうしようもなく生物学的にはどちらか半分に分けられて生まれてくる私たち、そして大部分がどちらか半分の役割を生きることになる私たち。
プラトンによると(あるいは結婚式でよくある祝辞によると)、球体で高慢ちきだった人間がゼウスの怒りを買い、アチョーッと半分に分割された存在なんでしたっけ、私たち。 


美術史の概要、たとえば過去の1,000年ぶんをさらーっと眺めてみると、そこに出てくる美術家というのはほとんど男性で、その美術史を綴ってきたのもほぼ男性で、つまり私たちには、半分の人類の目でのみ見て作られた美術作品と美術史しか残されて来なかったわけです。
美術史に限らず、歴史とは今のところそういうものとしてしか成り立っていません。

だから私たち人間は、ジェンダー間の不平等を積極的に是正しようという動きが起こり、実際に是正され始めたこの50〜100年ぐらいの間に、ようやくもう半分の目がうっすら見え始めたばかりともいえます(そして第三の目が開きつつもある)。 


「半分」というキーワードに関して韓国に目を向けて思い起こしてみると、たとえば、1988年に出版された小説家イ・ギョンジャ(이경자)の短編集『半分の失敗(절반의 실패)』は、当時の女性に熱狂をもって迎え入れられ、韓国の公共放送局KBSの連続ドラマで放送されるとさらに話題を呼んだそうです(8話完結の予定が12話に延びるほどの人気でしたが、劇中で悪人としてしか扱われない男性には不評だったとか)。
嫁姑問題やワンオペ家事・育児、家庭内暴力、求められる純潔など、女性の人生に付きまとう理不尽を描く12の短編から成る本作は、これまで問われてすら来なかった自分や自分の周辺の女性に起こる身近な人権問題をあぶり出し、見る人の目前に突きつける物語で、フェミニスト作家としてのイ・ギョンジャを強く印象づけました。

また他にも、この「半分」という言葉は1986年の『半分からひとつへ(반에서 하나로)』というグループ展を思い出させます。
これまでの半分でしか形作られず残されてこなかった世界の秩序を壊し、社会や歴史から疎外されてきた「半分」が加わることのできる社会を、皆で再構築していこうとの気概が感じられる展示タイトルです。
どちらも1980年代後半であるところを見ると、おそらくこの時代の韓国のフェミニズム運動やその機運において、「半分」というキーワードが流行、あるいは浸透していたのはないでしょうか。

当時を伝える新聞記事。「女性の歪められた姿を告発する美術作品展」と見出しにあり、写真には十月会の3人と国際政治学者のイ・ヨンヒ、美術評論家ソン・ワンギョンとの対談の様子が写っている[京畿道メモリー・京畿道サイバー図書館より]
https://memory.library.kr/items/show/210057540


『半分からひとつへ』展は、美術家のキム・ジンスク(김진숙)、キム・インスン(김인순)、ユン・ソンナム(윤석남)が結成した女性美術家グループ「十月会(시월모임)」が企画したものです。
家族のうち男子を大学へ進学させるために、同じきょうだいであるにもかかわらずその姉や妹が高等教育を受けず工場に働きに出て経済的支援をするなど例を筆頭に、当時は珍しくなかった家父長制のもと犠牲となっている女性たちを描いた作品が並びました。

1980年代の韓国は、民衆美術という美術による民族運動・民主化運動が散発的ながらも活発化していた時期で、そこから女性作家・美術家らが女性ならではの問題を提起し、そして連帯し、女性解放運動が展開されていきました。

この『半分からひとつへ』展もそうした動きのひとつで、キム・インスンらが主導し設立した「女性美術分科」(民衆美術団体である「民族美術協議会」内に設置され、のちに女性美術研究会と改称)によって開催された『女性と現実』展(1987〜1994)とともに、フェミニズム美術のあけぼのとして韓国現代美術史に刻まれています。


韓国フェミニズム美術の大母 ユン・ソンナム

ユン・ソンナムの肖像画シリーズ。
釜山ビエンナーレ2024では3点1組の女性独立運動家の肖像画19組が展示された。
すべて2020〜2023年の作で、80歳を越えた作家のエネルギーと執念を感じることができる。
[2024 釜山ビエンナーレ『暗闇で見る』 2024.8.17-10.20]


2013年、美術史家・展示企画者のヤン・ウニ(양은희)が韓国近現代美術史学会夏季定期学術大会での発表に先立ち、美術の専門家や実務家の女性を対象に行ったあるアンケート調査があります。
その設問のうちのひとつ、「韓国のフェミニスト美術家といえば?」では、回答者の3分の1が先述した十月会の一員だったユン・ソンナムの名を挙げています。

1939年生まれユン・ソンナム、美術の専門教育を受けることなく主婦として生きてきた彼女は、40歳を過ぎてようやく長く望んで来た書と絵画の手習を受けることができました。
そして、1980年の3人展、さらに1982年の個展でデビューします。

作品に描かれたのは彼女の母親です。
俳優・小説家・映画監督等をこなしていた25歳も年上の男性とその作品に恋した19歳の母親は、そのうち妻帯者であるその人と添うようになり、間に6人の子をもうけ、39歳で先立たれたあと、遺産も学歴も後ろ盾もないまま、ひたすら子のために工場で身を粉にして働いたといいます。
ユン・ソンナムが繰り返し描いたのは、そうした母親の姿、あるいは母親の姿を投影した女性の肖像でした。

 ユン・ソンナム『手が10本あっても』(1986)
家庭内で孤独に働く女性の姿を描いた。第2回『半分からひとつへ』展出品作。
[『I want to love Us』展 ソウル市立北ソウル美術館 2024.8.22-11.3より]


貧しさと家父長制社会でもがきながらも子には明るく接する母を見て育ち、美術大学で正規教育課程を修めるという作家として正統のルートを歩まなかった非男性であるユン・ソンナムが、既存の美術界ではなく、権威や搾取に抗う民衆運動と協働するようになるのは自然なことでした。

ほどなく彼女は、女性の研究者や文学者らが結成したフェミニズム団体「もうひとつの文化(또 하나의 문화)」と近くなっていきます。
民衆運動団体は、その構成員の大半を男性が占めていることから女性解放にさほど積極的にはなれず、時に「困窮していない」という面から中産階級の女性を批判の対象にすることもありました。
しかし「もうひとつの文化」では、貧富にかかわらずすべての女性が直面する行きづまりを文芸にて告発する活動を行いました。
この時期からユン・ソンナムは、同会の同人であるコ・ジョンヒ(고정희)の詩を自らの作品に組み入れるといった文学とのコラボレーションや、廃棄木材に無名の女性の姿を描いた像を大量に並べたインスタレーション作品など、母のみならず女性全体を表現する新しい展開へと進んでいきます。

ユン・ソンナム『音』(2019)
[ユン・ソンナム展 OCI美術館 2019.11.7-12.21]

80歳を超えた現在もユン・ソンナムの創作意欲は旺盛で、毎年のように個展を開いています。
近年は、許蘭雪軒(16世紀・朝鮮時代の女性。類まれな漢詩の才能があったがそれを婚家に疎まれて虐待を受け、失意のうちに病死。作品も、近代に至るまで女性が詩作することが汚らわしいと顧みられなかった)や金萬徳(18世紀・朝鮮時代の女性。妓生から身を起こした済州島の大商人で、大飢饉が起きた際に巨財を供出し島民たちを救済した)といった歴史上の女性たち、フェミニストの友人たち、人間の都合で捨てられた遺棄犬、自画像、韓国現代美術界で活躍する女性たち、女性独立運動家たちと、次々に新しい題材で制作を続けています。

美術家としての出発および経歴は異端中の異端であるにもかかわらず、韓国では最も権威ある李仲燮美術賞を女性で初めて得るなど、ユン・ソンナムは存在そのものが美術界に波紋を広げてきたストレンジャーです(その後国務総理賞、「性の平等に貢献した」として大統領賞も受賞)。
現在彼女が大いに元気で健在であるということも、女性という「半分」の存在を強く認識させる、まさに韓国フェミニズム美術の大母(ゴッドマザー)と言えるでしょう。



民主化以降のポストフェミニズム美術


1990年代半ば以降、つまり民主化以降の韓国フェミニズム美術は、民衆美術のような民主化運動団体的な行動や、実際の事件や社会状況を直接的に描く表現から脱却し、やや個人的で内省的な表現へと移っていきます。

欧米型のジェンダー観や価値観が一般化していくなか、女性としての自らのアイデンティティや個人的体験、あるいは社会的なシンボルとしての女性の身体を考察する作業、そしてそれらが複合した作品が多く生まれました。

これまでの社会運動としての表現と、この時代ならではの自己認識としての表現の中間に位置するのが、今や韓国を代表する現代美術家となった、1964年生まれイ・ブル(이불)の初期作品群です。
特に韓日パフォーマンスフェスティバルにて行われた2時間にわたるパフォーマンス『堕胎』(1989)は大きな衝撃をもって受けとめられました。
本作は、韓国で1960年代ごろから行われてきたパフォーミングアートの代表作のひとつとなっています。


今は記録写真で見ることのできるこのパフォーマンスは、観客の前でライブで行われました。
作家自身が一糸纏わぬ姿で天井から鎖で逆さに吊るされ、苦悶の表情を浮かべ脂汗を流しています。
作家の経験を再現したものとも言われますが、妊娠は1人でするものでないはずなのに一身に堕胎の苦しみを受けなければならない女性、死にゆく胎児とそれを内面化せざるを得ない女性の姿をそこに見ることができます。
ひいては、妊婦自身の出産決定権が議論されるも、関連法改正を経てもまだ残る堕胎罪(日本にもあります)など、女性の妊娠と出産をめぐる権利や社会背景についても想起することができます。

イ・ブル『タイトルなし』(1994)
「母」「姉」「嫁」など女性を示す単語が縫い付けられた女性の姿が掛け布団に描かれている。
[『サムジースペース いまだ恐るべき子供たち』展 敦義門博物館村 2018.9.14. – 9.26]


イ・ブルの作品はその後、機械化された身体など自分の肉体そのものからはやや離れていき、かつ洗練されていきますが、初期の作品はこうした女性としての自己の肉体および精神の痛みや不自由さを見る者に突きつけ追体験や共有させるようなものが多く見られます。
それは1990年代から2000年代初めの韓国女性美術の傾向とも一致します。

イ・ブル『受難遺憾:あなたは私を遠足にきた子犬とでも思うのか』(1990)
東京にて職務質問されるイ・ブル。
イ・ブル『天池』(2007)
白いタイルの浴槽と樹脂で白頭山を模し、そこに黒いインクを満たすことで白頭山にあるカルデラ湖・天池を表現。初期作品に見られる女性美術らしさはない。
[『カルティエ財団所蔵品展 HIGH LIGHT』 ソウル市立美術館 2017.5.30-8.15]


また1990年代という、韓国現代美術がグローバル化の波に乗って国際的に広く周知される端緒となる時期に、「女性美術祭」の類が断続的に行われるようになりました。
その流れを最初につくったのは、のちにヴェネツィアビエンナーレ韓国館コミッショナー、サムジースペース(代案空間、本誌第7号参照)館長、光州ビエンナーレ総監督、ソウル市立美術館館長、京畿道美術館長などを歴任していく独立キュレーター(展示企画者)、1948年生まれキム・ホンヒ(김홍희)、賛同する作家たちによって企画された女性美術祭『女性、その違いと力』(1994)と、その続編となる『女性美術祭99’:パッチュイの行進』(1999、ユン・ソンナム、イ・ブルも参加)でした。
(パッチュイは朝鮮版シンデレラ物語といわれる民話『コンチュイとパッチュイ』の登場人物。家父長的思想が強大な時代に成立した物語で、主人公のコンチュイは公明正大な善人、妹のパッチュイは強欲卑劣な悪女に描かれている。本展のタイトルは、「当時の家父長的な感覚だと私たちはパッチュイのように悪女として描かれるかもね」という皮肉が込められている)

特に『パッチュイの行進』は、欧米から流入し広がっているジェンダー論やフェミニズム論を織り交ぜつつ、当時とそれまでの韓国の女性作家の活動について系統的に網羅した、大規模な展覧会でした。
当時は「女性美術」と呼ぶことが多かったこうした展覧会や作品は、徐々に欧米らしく「フェミニズム美術」と呼ばれるようになっていきます。

2024年9月に発刊されたキム・ホンヒ著
『フェミニズム美術を読む』(悦話堂)



2000年代初頭から、筆者もこうした展覧会をいろいろと韓国へ見に行っています。
個人的体験では、このころの韓国フェミニズム美術は女性の性器、裸体、血、苦痛を直接的に描き、見る者にそれを強く見せつけてくる、ひと言でいうと「激しい」表現が多かったように思います。
たとえば広げた生理用品を大量につなげて大きな幕にし、その上に経血のような赤い顔料をたっぷり乗せた作品、女性器を思わせる果実の断面の接写、ピンク色の裂け目を描く作品、生々しい自傷の跡を写す作品などなど。
「韓国のフェミニズム美術は感情の表出や表現が生々しすぎるんじゃないかなぁ……」
「性器の表現は欧米の作品のトレースに見えるなぁ……」
などと思ったことを覚えています。



当代を代表する韓国フェミニズム作家・作品紹介(ほんの一部)

2000年代後半以降になると、個人的痛みを共有させる激しさを維持しつつも、作品に多層的な意味を持たせ、かつ洗練されたものへと仕上げる作家が増えました。
ここから、韓国におけるフェミニズム美術の成熟を感じることができます。
この世代の作家の一部を、独断でご紹介します。

1973年生まれチャン・ジア(장지아)
身体的なパフォーマンスを行い、それを映像や写真で記録する作品が多い。
暴力的でタブーを犯していく表現が物議を醸すこともたびたび。
男性から痰を吐かれ、卵を投げつけられ、頭を太い腕で叩かれ続ける女性(作家本人)がひたすら正面を向いて微笑んでくる作品『アーティストになるための身体的条件ーその2 すべての状況を楽しめ!』(2000)では、美術界で生きる女性が直面せざるを得ない心身に対する暴力や理不尽を描く。
『Standing Up Peeing』(2006)は、全裸の女性たちが堂々と立ち小便する姿が見る者を挑発する。
その写真の撮影が和やかに進むドキュメント映像を付すことで、女性の肉体に対する快楽、あるいは不快が誰が何に対して存在させるものであるのか、軽やかに見せてくれる。
●過去の展覧会はこちら

チャン・ジア『アーティストになるための身体的条件ーその2 すべての状況を楽しめ!』
[キュレーターワークショップ『睨まれても仕方ない』斗山ギャラリー 2020.1.15-2.15]
チャン・ジア『Standing Up Peeing!』(左、2006)および『お姫様は言いました(princess said)』)(右、2004)
[キュレーターワークショップ『睨まれても仕方ない』斗山ギャラリー 2020.1.15-2.15]
チャン・ジア『お姫様は言いました(princess said)』 (2004、シングルチャンネルビデオ)
[『第3回女性美術祭 FANTASTIC ASIA―隠された境界、新たな関係―』 省谷美術館 2005.6.16-7.3]



1970年生まれソン・サンヒ(송상희) 
「役割を与えられなかった者たち」にスポットをあて、テキストとイメージを組み合わせた映像やインスタレーションを構成する作家。
特にフェミニズムを意識しているわけではないが、「韓国に生まれた異性愛者の女性」である自分を作品テーマに盛り込むとこうしたものになるという。
『蜃気楼』(2005)は、国史教科書の表紙によく使われる好太王碑(高句麗の広開土太王を称える碑)の現在の写真を並べ、碑というものが男性性の象徴であり、国家と歴史が男性のみによって作られてきたことを暗示する。横には作家の母親が弁当を包むのに愛用していた調理用ラップとビニールを使った巨大な好太王碑が軽々と吊るされ、女性による国家や歴史・記録の不在、女性やその働きが軽視されている現実を示す。
『老処女歌』(2015)は、10余体の頭巾を前に吊るしたスクリーンに朝鮮時代後期の成立とされる同題曲の歌詞が赤く投射される。実家の困窮によって結婚できず出家も許されない、自己決定権のない女性の嘆きが血の色に描かれ、頭巾が生気のない霊魂のように揺らめく。
●過去の展覧会はこちら

『令夫人A』(左、2004、『blue hope』 INSA ART SPACE 2004.11.5-11.21):作家自身を写した肖像写真。しかし韓国人であればこの女性が朴正煕元大統領の妻で、良妻賢母、国母と謳われた陸英修であることがすぐわかる。ボリュームを持たせた上げ髪、正された姿勢、慈悲深く見える涙、上品な正装から、隙のない権威として確立された女性像とその役割をになった女性について思いを馳せることができる。
『蜃気楼』(右、2006、『ARTSPECTRUM 2006』リウム美術館  2006.2.16-.5.14)

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『東豆川』(2004、『blue hope』展 INSA ART SPACE 2004.11.5-11.21)
東豆川には広大な在韓米軍基地があり、基地相手の商圏および歓楽街、いわゆる「基地村」のイメージが強い場所である。目と口を塞がれた女性の姿は、この場所で生きる女性のこれまでに負った傷、奪われた声や知る権利をうかがわせる。
『老処女歌』(2015、『ビョンガンスェ歌 2015 人を探して』Art Space POOL 2015.11.12-12.13]

1974年生まれチョン・ウニョン(정은영)  
1950年代の韓国で人気を博したものの、1960年代には映画人気にとって代わられ、今や完全に忘れられた存在となった女性だけによる大衆演劇「女性国劇」を、2008年から現在に至るまで研究・調査している作家である。
それまで女性の多くは客体化され男性に見られる対象にしかなれなかったが、近代化とともに消費と娯楽、そして女性のジェンダーアイデンティティに大きな変化が起こり、女性が男性役に扮するエンターテイメントを同性の女性が楽しむ趣向が生まれた。
女性国劇はファンの女性と役者(女性)の結婚式が行われるほどの熱狂を生んだが、積極的な記録はされないまま廃れ、歴史の波の向こうに消え去った。
チョン・ウニョンはこの女性国劇を、研究のみならず、大規模なアートプロジェクトとして発表し続けている。
もはや作家のライフワークと言っていいであろうこの女性国劇シリーズは、アーカイブの閲覧、往時の写真や資料などを用いたコラージュ、女性国劇の役者だった女性のインタビューやステージでの独演の記録、パフォーマンス、講演、現在活動中の若い舞台俳優による創作舞台とのコラボレーションなど年々その表現範囲や方法が広がってきている。
また、女性から男性にメタモルフォーゼするという女性国劇からクィア演劇にまで拡張した本プロジェクトは、フェミニズムのみならずクィアの視点からも評論され、評価されている。

『歌は歌いません』(2016、『今年の作家賞』国立現代美術館ソウル館 2018.8.11-11.25)
アーカイブが展示されている美術館で撮影された女性国劇俳優の独白型インタビュー作品。大きなモニターには、自宅にて男性役に扮する本人が映し出されている。
『変則ファンタジー』(2018、『今年の作家賞』国立現代美術館ソウル館 2018.8.11-11.25)
韓国最後の女性国劇俳優、ナム・ウンジンが女性国劇のセリフに交えてジェンダーを分けることのおかしさを独説する。



韓国現代美術界の#MeToo

最近は韓国に#MeToo運動のイメージをもつ人も増えたと思いますが、韓国現代美術界にも残念ながらハラスメントの告発がいくつか起きています。
公表されている限りでは、既存の権威・権力構造においてよりも、それを忌避し新しい場や制度を目指していたはずの、そしてジェンダー問題や#MeToo運動に積極的に関わってきたはずのオルタナティブ(代替的)なアートシーンで、より多くそうした告発が起きているということが衝撃的でした。
新しいことを始めようとするシーンでは、ベンチャー企業のように飛び抜けて才能とバイタリティのある1〜数人の人物が、周辺の人が従属しがちな構造のもと強権的になってしまうのか、それともフェミニズム思想が多くの若い人々に浸透した結果、告発しやすい環境になったのか、いずれともわかりません。


こうした状況下で、2019年のヴェネツィアビエンナーレ韓国館(テーマは「歴史が私たちをめちゃくちゃにした、だが関係ない」)に選出された3人の作家も、2020年の『今年の作家賞』(SBS文化財団と国立現代美術館が共同運営する美術賞。選出者は揺るぎのない一流作家として認められる)に選出された4人の作家もすべて女性でした。
これをガラスの天井を取り払われたからこその女性の躍進と見るか、世への忖度と見るか、ただの偶然と見るか、いろいろと想像がはたらきますが、これもまた断言できません。


前述のヤン・ウニによる美術界で働く女性に対する調査では、美術界のジェンダー問題について質問しても言及を避ける者が多く、サンプルがあまり得られなかったと述べられています。
さらに、年少者の方がフェミニズムを「負担に思う」「自分にとって重要な理念とは感じない」と回答しています。

現代美術が既存の世界のオルタナティブやアンチテーゼ(反対理論)を提案し続けていくのと同様に、人々の感覚も既存の主流を部分的に否定しながら変化していくものと言えるでしょう。
そう思いながら、2016年の江南駅殺人事件、2018年の検察内の性被害を告発する検事のテレビ出演、ノーベル文学賞受賞も期待されていた高名な詩人・高銀のセクシャルハラスメント告発、それから#MeToo運動が爆発的に広がった今なら、このアンケート結果はまったく違うものだったかもしれないとも思うのです。

これほど苛烈な歴史を経ながら、私たちの半分の目はどれくらい開きつつあるのでしょうか。
両方の目で世界を見、記録することができるでしょうか。
いつか半分が한분ハンブン(1名様)になるでしょうか。
あるいは永遠に道半ばなのでしょうか。



参考文献
1.양은희.한국의 대표적인 페미니즘 미술 작가는? 그리고 페미니즘의 미래는?http://daljin.com/?WS=31&BC=cv&CNO=314&DNO=10865&PHPSESSID=04abc2215b42cc0c0a460d94655c123b(2020年10月6日アクセス).
2.이경자. 절반의 실패[양장, 개정판]. 서울:걷는사람, 2020.
3.윤난지. 한국 현대미술의 정체. 경기:한길사, 2018.
4.김현주, 한국현대미술사에서 1980년대, 여성미술의 위치. 한국근현대미술사학 2013;26:131-163.

『中くらいの友だち』vol.8 より許可を得て転載・編集

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