
2003年に発生した大邱地下鉄放火事件後、市民たちにより大邱市内に掲示された弔意を示す横断幕をコラージュした作品。
韓国では対社会に意見を述べる際、こうした横断幕が使われることが多い。

韓国のモーテル(つまりはラブホテル)の車両侵入口にはこうした重い工業用帆布で作られたのれんがあり、
下車する利用客の顔が外から見えないよう配慮がなされている。
本作では上記の横断幕と同様に、採集された多数ののれんがコラージュされている。
展示タイトルにつけられた「D-Artist」とは、大邱美術館が大邱・慶尚北道地域に根ざして活動を続ける作家を毎年選定し、個展や関連プログラム、アーカイブ支援を行う2021年から始まったプロジェクト名である(Dは大邱・Daeguの頭文字)。これまでの選定作家は以下のとおり。
| 2021年(第1回) | チョン・ウンジュ 정은주 チャ・ギュソン 차규선(いずれも絵画) |
| 2022年(第2回) | イ・ギョジュン 이교준(絵画、写真など) パク・チャンソ 박창서(絵画、インスタレーションなど) |
| 2023年(第3回) | キム・ヨンジン 김영진(インスタレーション) |
| 2024年(第4回) | イ・ギチル 이기칠(彫刻・インスタレーションなど) |
| 2025年(第5回) | チャン・ヨングン 장용근(写真) |
今回は現在も大邱を拠点に活動するチャン・ヨングンが選定され、写真展が開かれた。
大邱。韓国南東部、慶尚北道の中心にあり、韓国第3の規模を誇るこの都市は、政治的には保守勢力の本丸であり、内陸部の交通の要所でもある。
そこに生まれ育った作家は、都市の生活を何事もなく享受していたが、1995年に上仁洞ガス爆発事故(デパート新築工事中に誤ってガス管を破損し、そのガスが地下鉄大邱1号線上仁駅建設工事現場に流入、引火し大規模爆発が起きた事故。死者101名、負傷者202名。発生時刻が朝7時台だったこと、近隣に学校が多くあったことから学生の被害が多かった。この半年前には聖水大橋の崩落事故、2か月後には三豐百貨店の崩落事故が発生している)、2003年に大邱地下鉄放火事件(身体および精神疾患をもつ自殺願望者が地下鉄車内にガソリンを撒いて放火したところ、地下鉄公社側の事故感知や避難誘導、排煙装置稼働の悪さが合わさり、死者192名、負傷者151名の大惨事となった)が起こったことにより、「システム化され、進化しているはずの都市が、そうでないところよりも安全でない可能性もある」と自分のいる場所を見直し、都市で見過ごされているものを意識するようになったという。

韓国政策放送院記録写真集(https://www.ehistory.go.kr/)より
大邱を中心にルポルタージュ写真を撮り始めた作家は、「都市採集」(前述)「見えない労働」「スクラップ&ビルド」「FacStory」「鮮明になっていく記憶」「さくらんぼ茶房」「高麗人、外国人」という数々の作品シリーズを生み出していく。
本展では、これらのシリーズごとに展示パートが分かれている。
シリーズは多様だが、そこに通底するのは街の周縁にいる人びとの「去」と「居」である。
見えない労働(2015−2019)

チャガルマダンで客をとる、ある性労働者の部屋にある持ち物をすべて撮影しコラージュした作品。
元は、作家の自意識や考えが反映されていないことを示すために製本した報告書のかたちで作られた。
写る品物から持ち主の人柄、これまでの人生が物語性をもって立ち上がってくる。


大邱には2004年の性売買防止特別法の施行、および2015年以降の本格的な遊興地区再開発に至るまで、チャガルマダン(砂利広場)をはじめとした売春地区が複数存在した。
チャガルマダンの始まりは日本の統治にともなう日本人の居住からといわれるが、それ以前にも街があるところにこうした商売は存在したであろう。


跡地には芸術施設「大邱芸術発電所」などができている。(いずれも筆者撮影)
作家はこれまで大邱に住みながら、こうした地域は避けて通ってきた。
しかし、性売買防止特別法施行とそれによって生きる糧を奪われようとしている売春業者や性労働者の反発が騒ぎとなって聞こえてくるにつれ、こうした都市に存在する「労働」が見えないようにされてきた、そしてされていくことに、作品を作るモチベーションが湧いたという。
作家は作品づくりにおいて、できるだけ自分の主張や世論、業者や性労働者との人間関係の存在を感じさせるような情報を排除していったという。
また敏感な話題であるがために、自分が興味本位で撮影しにきたのではないことを含めた作品創作動機、作品のコンセプト、発表やその後の言動にも細心の注意を払う旨などについて、資料を作って彼らにプレゼンテーションを行った。
そういう過程を経て協力してくれた業者および性労働者を、作家は「共同作業者」と呼ぶ。

ここに写る場所はすでに失われている。
都市は美しく正しく脱皮し続けていく。
必要とされてそこにあったはずの営みを、忌むものとして裏切りながら。
スクラップ&ビルド(2017-2023)

タイトルはこれからこの場所に立つ超高層マンションの名称である。投資や不動産取得への志向が非常に強い韓国では、再開発といえば巨大マンションおよび商業施設である。背の低い建物は軒並み撤去され、圧倒的な大きさの建物が並んでいく。
大邱の再開発・再建築を扱ったシリーズである。
「見えない労働」シリーズにも通底する創作背景と言えるが、ディベロッパーが大型投資をし大規模マンションや商業施設を建てる場合、もとあった「トンネ」(小単位の街のこと)が広範囲に失われる。
それはそこにあった通りの名前、各トンネの位置、通称、古跡、人びとの記憶が一斉に失われていくことである。
その上にこれまでより圧倒的に強固で動かし難く、そこにかつて何があったのか思い出せないほどの巨大な街が誕生していく。


「ザ・シャープ・リヴィテル」は本展のメインビジュアルになっている。

街が失われる直前、廃棄物というかたちでそこにあった人の暮らしが最後に吐き出される。
FacStory(2007-2025)

韓国水力原子力社(KHNP)は、韓国最大の電力供給社。

KAIは、韓国政府が現代宇宙航空、サムスン航空産業、大宇重工業が合併させて作られた航空機製造業。
シリーズタイトルの「FacStory」は作家の造語で、スペクタクルな巨大工場(Factory)と、それに関わる人の物語(Story)とを合わせたものである。
今回の展示では、国家と非常に密接した事業を行っている巨大企業の工場内部を写した作品が展示されている。
しかし次第に作家の関心は工場のみならず、工場への配転とともに別の場所から移住してきた人びと、そして工場が移ってくる場所にもともとあった集落のこと、さらに「移り住むこと」そのものへと移っていく。


作家は他にも韓国水力原子力社が転入してきた慶尚北道古木里の里長を尋ね、そこに代々伝わる資料を撮影したり、鎮守の神体を撮影することを通し、移住してきた人・モノ、移住される側の人・場所という対照的なものの存在を淡々と示す。
鮮明になっていく記憶(2024- 2025)


右:在日大韓基督教下関教会の前身、朝鮮基督教下関教会設立2周年時の記念写真。
朝鮮基督教下関教会は朝鮮半島が日本統治下にある1928年に設立された。
「移り住む」ことに強い関心をもち始めた作家は、今年が光復80年ということもあり、朝鮮半島から日本へと強制徴用も含めて集団で移り住んだ人びとと、その子孫の痕跡を辿る。
行き先は、ひとつは下関、ひとつは大阪である。
釜山とほど近い下関は、「釜山門」という大門が目抜き通りにあるが、その華やかさに比して移住朝鮮人の子孫たちの暮らしは慎ましやかなものである。
彼らが肩を寄せ合うように暮らす大坪町は、かつて「トングルトンネ(糞窟村)」と呼ばれるほど衛生状態が悪く、悪臭が漂っていた。
その真ん中に建つのが在日大韓基督教下関教会である。
もともとトングルトンネ(作品名では「トングルマウル」、同様に糞窟村の意)は、日本の統治時代に移り住んできた朝鮮人たちの集落で、その後強制徴用、戦後は朝鮮戦争の戦火から逃れてきた人びとでも溢れたという。


そして日本で最も多くの在日コリアンが住む大阪では、京橋近く、鴫野にある「アパッチ部落」を取材している。
1945年8月14日、終戦前日の大空襲によってほぼ全壊した大阪砲兵工廠跡は、不発弾の危険性から戦後20年近く放置された。
そこへ生活苦から不発弾と瓦礫の中に混じる金属片を盗みに入る人々、それが「アパッチ族」であった。
貧困と差別のため不動産を取得することは叶わず、線路の脇に不法占拠というかたちで住居を構えざるを得なくなる。

アパッチ族の姿は開高健により『日本三文オペラ』、小松左京により『日本アパッチ族』、
梁石日により『夜を賭けて』で描かれている。
作家はこうした場所に住む人、住んできた人たちの写真を撮った。
しかし写真だけではどうしてもこぼれ落ちてしまう部分があるとして、初めてインタビュー映像も作品に加えている。
「鮮明になっていく記憶」というタイトルは、こうしたインタビューや作品作りをしていくうえで必要な会話を繰り返していく中で、取材対象である彼女たちが感じたことなのだろう。
韓国語と日本語を混じえながら、記憶をたどりながらインタビューに答える彼女らの姿に、記憶の失われやすさと、アイデンティティの揺らぎと、日本と韓国の間というどちらの国にとっても周縁となる場所で踏みとどまってきたその苛烈な来し方とを、観る者に届けてくれる。
さくらんぼ茶房(2019-2020)


卵の入った韓方茶・雙和茶が並ぶ。
1953年の朝鮮戦争休戦から2025年に至るまで、北朝鮮から韓国へ渡り定着した人の数は延べ約34,000人だという。
「移り住む」ことに興味をもった作家は、このシリーズで、脱北し中国、ラオス、ミャンマーを経て韓国へ入国したある姉妹を扱っている。
彼女たちは韓国に入ってすぐに、健康状態が悪く経営ができないという知人から茶房を引き継いだ。
姉妹は茶房だけでは十分な生活費を稼げないため、マクワウリ農家の繁忙期に手伝いに行き、それで年収の半分をまかなっている。
ただそれだけの話なのだが、この姉妹はまだ韓国に定住し始めて1年ほどだという。
姉妹は展示で顔が一般に知られることも、家族の写真を展示することも許している。
作家は韓国に移住する人、韓国から移住する人どちらにも興味があるというが、こうした人びとにアクセスでき、信用される作家の力にただ感嘆する。


マクワウリの農作業を手伝う姉妹と星の模様が反射した茶房の扉。
高麗人、外国人(2025)

高麗人(コリョサラム)とは、朝鮮半島北部からロシアの沿海地域(ウラジオストク周辺)へと移り住んだ朝鮮民族を祖とする人びとで、彼らの先祖はやがて、日露戦争前後の政治的緊張や朝鮮半島内の困窮を避けてロシア領内に居住するようになった。
ロシアは革命を経てソビエト連邦となり、それを脅威とした日本と対立し敵対国と見なすようになる。
そうした中、ソ連政府は沿海地域の朝鮮系住民を潜在的脅威とみなし、民族政策の一環として高麗人約17万人を中央アジアへ強制移住させた。
この強制移住、第二次世界大戦における連合国側の勝利と日本の敗戦、さらにはソ連の崩壊を経て、現在、ロシア、ウクライナをはじめとした旧ソ連各国、中央アジア(カザフスタン、ウズベキスタン)に約50万人の高麗人たちが暮らしている。
現在、そうした高麗人の中に、ロシア・ウクライナ戦争による被害を避けようと韓国に移住しようとする者が増えているという。
作家はそうした人たちの証明写真を集めて展示し、「元は朝鮮半島の出身なのに、外国人として扱われる」という国家と個人、血統の齟齬に焦点を当てている。
証明写真は、誰に対して何を証明しているのかという問いも浮かぶ。

作家が知り合った高麗人にそれぞれ正装をして撮影に挑んでもらったところ。
韓国人とは違うアイデンティティをもつことがわかる。
実は高麗人は韓国現代美術で扱われるテーマとして珍しくなく、特にディアスポラの文脈では幾度となく取り上げられてきた。
しかし本作は、現在進行形の「移住」という現象の中で高麗人を捉え、新たな境界線の問題を提示している。
われわれはチャン・ヨングンが示す高麗人を通して、目の前にある移動、越境、国家による分類と管理という現象と構造について考え、批評することができる。
こうした視座の違いは、韓国現代美術におけるディアスポラ表象とその議論に厚みをもたらしてくれるだろう。

人が寝転んでリラックスしているような、いかにも平和な丘と海の上に戦闘機が飛んでいる。
朝鮮半島も台湾・中国も2つに分かれており、それぞれの主張を続けている。戦争が起これば必然的に移民や移住は起こる。
そうした潜在性を、現実問題としてこの2枚の写真は突きつけてくる。

館内ツアーにて作品説明をする
チャン・ヨングン作家。
展覧会原題:2025 다티스트 《장용근의 폴더: 가장자리의 기록》[대구미술관]/ 取材日:2025年9月19日
