『2025タイトルマッチ チャン・ヨンへ・へヴィー・インダストリーズ(張英惠重工業)vs ホン・ジンフォン:中間地帯はない』ソウル市立美術館 北ソウル美術館 2025.8.14-11.2

『タイトルマッチ』はソウル市立美術館分館の北ソウル美術館で2014年から毎年行われている、すでに評価が定着している先達作家と若手作家の2人展である(年々2名の作家のキャリアや年齢にはあまりこだわりがなくなっているように思う)。
これまでに行われたタイトルマッチは以下のとおり。

2014年(第1回)カン・ウニョプ 강은엽(彫刻)
キム・ジウン 김지은(絵画、インスタレーション)
2015年(第2回)クム・ヌリ 금누리(パフォーマンス、彫刻など)
ホン・ジョンピョ 홍정표(彫刻、インスタレーションなど)
2016年(第3回)「輝く暴力、暗い星影」チュ・ジェファン 주재환(絵画、インスタレーションなど)
キム・ドンギュ 김동규(彫刻、インスタレーションなど)
2017年(第4回)「わが世代の歌」キム・チャソプ 김차섭(絵画など)
チョン・ソジョン 전소정(映像、インスタレーションなど)
2018年(第5回)イ・ヒョング 이형구(彫刻)
オ・ミン 오민(映像)
2019年(第6回)「未完の廃墟」キム・ホンソク 김홍석(映像、インスタレーションなど)
ソ・ヒョンソク 서현석 (パフォーマンスなど)
2020年(第7回)「揺れる人々へ」ハム・ヤンア 함양아(映像)
ソ・ドンジン 서동진(映像)
2021年(第8回)「シフト交代」イム・ミヌク 임민욱(パフォーマンス、映像)
チャン・ヨンギュ 장영규(インスタレーション)
2022年(第9回)「CUT !」イム・フンスン 임흥순(映像、映画)
オマー・ファスト Omer Fast (映像、映画)
2023年(第10回)イ・ドンギ 이동기(絵画)
カン・サンウ 강상우(彫刻、絵画など)
2024年(第11回)「石と夜」ホン・イ・ヒョンスク 홍이현숙(映像など)
ヨム・ジヘ 염지혜(映像など)

12回目となる今回は、チャン・ヨンへ・へヴィー・インダストリーズ(張英惠重工業)vs ホン・ジンフォンである。
「中間地帯はない」というタイトルは、ルソーの『社会契約論』における「国家と市民、あるいは服従と自由の中間にあたるものは存在せず、社会に属するという契約下にいる限り、法に従うか滅びるかという二者選択とならざるを得ない」との主張に由来する。現代韓国社会の動かし難い経済的・政治的・思想的分裂の深さの中で、人々が存在していることも含まれていると思われる。


チャン・ヨンへ・ヘヴィー・インダストリーズ

今回選定された作家のうち、チャン・ヨンへ・へヴィー・インダストリーズは、韓国出身のチャン・ヨンへと米国出身のマーク・ヴォージュにより1998年に結成されたデュオ作家である。
主に、ブコウスキー的なハードボイルドから、フェミニズム、脱資本主義社会的な仮想の物語を、テキストと音楽のみで展開していく映像作品を発表している(そしてほぼ人前に姿を現さない)。
使われる音楽はさまざまだが、歌詞はない。
テキストに使われるのは初期のMacintoshコンピュータで用いられていたMonacoフォント(英文)およびMacintoshコンピュータ依存ハングルフォント(どこにも明記されていないが、AppleGothicと思われる。2012年まで使われていたMacintoshコンピュータにおけるハングルの基本フォントで、現在はApple SD Sandll Gothic Neoに差し替えられている)という基本的なフォントである。
日本語版がある場合は、当然ながらMacintoshの基本日本語フォントであるヒラギノ角ゴシックにて制作される。


初期は無地にテキストを載せて作品が作られていたが、近年では画像やAIで作られたバーチャルアバターに音声を語らせるなど、さまざまな展開を見せている。
また美術館では映像作品として、大画面にプロジェクタ投影、あるいは液晶画面が巨大化した昨今ではモニターでの展示となるが、ほぼすべての作品がオフィシャルサイトで公開されており、世界中でいつでもどこでも見られるウェブアートの韓国における黎明期を作った重要作家ともいえる。
日本でも東京をはじめ別府や青森でオリジナルの作品を作っており、すべての作品を中国・香港の巨大ビジュアルアート美術館・M+が所蔵したことでも話題になった。

今回作家は、本展に「ウワー!」「われわれは美しいがあなたは違う―でも大丈夫!」「自己嫌悪に陥った詩」「おいクズ、やばい奴を怒らせたな(俺が思うに)」「沈黙のクーデター」「こんにちは皆さん、われわれは特別です!」「彼らは私が寝ているときドアを壊し押し入ってきた/われわれはドアを壊すことなどほとんどしない」の7作を用意し、テーマを「実験は民主主義である。ファシズムはコントロールである」と据えた。

大画面に明滅する巨大フォントで見るものに衝撃と緊張、集中力を強制してくる作品であるが、そこで扱われている内容は目の前の作品を含めた現実に疑問や別の側面、重層的な部分があることを示してくれている。

「おいクズ、やばい奴を怒らせたな(俺が思うに)」(2024/2025)
情緒的なピアノの旋律、街を写したコントラストの強い映像を背景に、チャン・ヨンへ・ヘヴィー・インダストリーズらしいMacintosh依存フォントで、かつての恋人に性暴力を含む暴力を受けた女性が独白する架空の物語が流される。
深刻な負傷、病院での看護師とのやりとり、元恋人が主人公に吐いた暴言、それを少し離れたところから見ているような距離感で語る主人公。この街のどこにでも起こりうる内向きの暴力。美しく見える街がそれを秘匿する。
「彼らは私が寝ているときドアを壊し押し入ってきた/われわれはドアを壊すことなどほとんどしない」(2025)
左側の男性は自らの睡眠障害と眠りを脅かしてきた暴力的な人物、あるいは幻想について語る。
右側の男性は、反共政策及び社会の秩序維持が、いかに人権に配慮された上で行われているかについて弁明する。
いずれも架空のアバターで、自分が誰かを明かしておらず、顔からは何もわからない。
そのはずだが、左側の男性の北朝鮮なまりぽく聞こえる声から、北朝鮮国民、スパイ、脱北者などの類推を勝手にしてしまう。右側の男性に関しても、国軍、警察、なんらかの特別任務を負う韓国の公務員あるいはエージェンシーであることを類推してしまう。果たして信用に足るのはどちらなのか、どちらもそうでないのかそうなのか、見る側のドグマが試される。



ホン・ジンフォン

対するホン・ジンフォンはもともとジャーナリズムの世界に身を置く写真記者であったが、報道が求めるものを軸に仕事をした上で取材対象と信頼関係を構築すると、写すものに影響し、見る者が受け取れるものを限定してしまうのではないかとの考えから、写真作家および映像作家へと転身した作家である。
また自ら展示空間「今ここ(지금여기)」を運営し、自らや共同作業者を含む若手写真作家の発表の場所とした(現在はクローズしている)。

作家の現在の代表作と言えるのは「メルティング・アイスクリーム」(2021)であろう。
かつての70〜90年代の民主化運動をとらえたフィルムが格納された倉庫が水害にあい、
その復元作業をする中で、そのフィルムに神格化されるように収められている人びと、そして神格化されたイメージだけが残されている現在を見た作家は、かつてこうした画像や映像を記録した人びとをインタビューする。作品の中で復元されていく勇敢な映像と、それを記録した者の雄弁ではない回想が交錯する。


「社会的悲劇は、単に“悪人が善人に害を与える”から起きるのではなく、
複雑な欲望と環境が動かし難い堅固なシステムと結びついて発生するのではないか」
ソウル大学大学新聞インタビューより

とする作家は、やはり韓国社会および世界でこれまで起きてきた一般市民から発生した権利運動とその伝えられ方、現在に残ったその芥を交錯させる作品を本展にも出展している。
展示作品は「ランダムフォレスト」「合唱」「アンドキュメンテッド・モナリザ」「エクタクロームは毎週金曜日に現像されます」「二重スリット」で構成されている。

ホン・ジンフォンパート全景。モニターに写されているのは「アンドキュメンテッド・モナリザ」(2009/2025)。
アメリカの農業安定局(FSA)は1935年から1942年までの間、ニューディール政策を正当化するために、写真家を雇って膨大な農村写真を撮影した。しかしこれらは純粋な記録物ではなかった。「望ましくない現実」を写したものは 穴を開けて物理的に検閲・抹消した一方で、ドロシア・ラングの「移民の母」のような国が「望ましい物語」と感じる写真は、象徴として利用された。真実を写すはずの写真が、客観性を失って現実にはない作られたイメージとなり、ある意図された文脈を作り出す道具となっていることを示す。



作家はまず問う。
사진은 내란만큼 세계를 각성할 수 있는가.(写真は内乱のように世界を覚醒させることができるのか)

「エクタクロームは毎週金曜日に現像されます」(2009/2025)
エクタクロームは、コダック社が製造していたプロ向けのカラーリバーサルフィルム(ポジフィルム)のシリーズ名である。作家が思春期から長く居住している坡州市(北朝鮮との軍事境界線に程近い)のある地域を定点観測した写真と、同地の米軍関連の記録映像を交差させて投影する。軍事境界線に近いことから米軍の居留ベースとなっている当地では、米軍の「保養所」として利用されたヨンジュゴルという歓楽街が存在する。タイトルはこの地の写真館の札にあった文字だという。
「二重スリット」(2024)
二重スリットとは、光や電子が、観測によって波と粒子の性質が切り替わる二重性を示す実験のことを指す。
つまり観測のされ方によって観測される内容が変わるということを表している。その名の通り、上映スクリーンは2つに分かれている。釜山ビエンナーレ2024で初上映された60分の作品。
内容は2004年、韓国・蔚山にある現代重工業のある下請労働者者が、非正規労働者の労働環境改善を求めて「下請労働者も人間だ」と主張して焼身自殺をしたことに端を発する労働運動を扱っており、当時の同社下請労働者組合の委員長及び民衆歌手(民主化運動や労働運動など、人権運動に関わり鼓舞する歌を歌う人権派歌手)が独白の形でインタビューされる。焼身自殺した下請労働者の葬儀を行っている最中に同社の正規社員が葬儀を妨害しに入るなど、単純に労使ではなく正規・非正規の労働者間にも深い溝があることが広く知られた事件である。
https://news.kbs.co.kr/news/pc/view/view.do?ncd=542552

2人の作家はいずれも、「今見て判断しているもの」に対する疑義を提示している。
ただチャン・ヨンへ・インダストリーズは、「一般世間と違うことを投げかけ、疑問を呈させるがアーティストの役割なのだ」と肯定的に捉え、ホン・ジンフォンは「その投げかけることも、受け取る者を何かに誘導していないか」と慎重かつ内省的になっている。
そしてあくまでもチャン・ヨンへ・インダストリーズは架空から現代社会を映し出し、
ホン・ジンフォンは過去にあった事実から現在の歪みをあぶり出す。
こうした両者の違いを感じるのも興味深い展示であった。

初期のチャン・ヨンへ・インダストリーズの展示。2004年サムソン・ロダンギャラリー。
彼らはサムソン王国と言われる巨大財閥によって成り立っている韓国社会や企業そのものを揶揄しながら、企業の体裁を取り、サムソンやエルメスなどの企業の後援を得るという離れ業をやってのけている。

展覧会原題:2025 타이틀 매치 《장영혜중공업 vs. 홍진훤: 중간 지대는 없다》

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