『ホテル社会』:2020.1.8-3.1 / 『珈琲社会』:2018.12.21-2019.3.3 文化駅ソウル284

左:『ホテル社会』展エントランス。
右:『珈琲社会』展エントランス。
(真ん中のバーをスライドさせるとそれぞれの全体写真を見ることができます)


ホテル社会』『珈琲社会』はいずれも文化駅ソウル284で開かれた展覧会である。
文化駅ソウル284とは、2003年にソウル駅敷地西側に新駅舎が完成・運用開始されるまで使用されていた旧ソウル駅駅舎(日本統治時代の1925年竣工。しばしば東京駅を設計した辰野金吾と誤解されるがその弟子・塚本靖の設計である)を利用し、2011年にオープンした多目的文化スペースだ。

2014年までは公演プロブラムを主に行っていたが、特にチェ・ジョンファの『総天然色』展以降はその場に作品を設営する現代美術の展覧会を、またソウルの近代をテーマとした公演『空間の記憶』以降は、ソウルの近現代史をテーマとしたプロジェクトも行っている。

2016年には韓国のファッション100年を振り返る展示『MODE & MOMENTS:韓国ファッション100年』がチェ・ジョンファとVOGUE KOREAのコラボレーションのもとに開催された。
建築が近代のソウルを象徴していることもあり、近現代史と現代の「ヒップ(センスがイケていることを指す、カルチャーメディアでよく使われる言葉)」なトレンドがコラボレーションするプロジェクトが多く開催されるようになった。

『珈琲社会』展。モダンテイスト溢れる会場のところどころでコーヒーが無料提供された。


その1つの金字塔といえるのが『珈琲社会』である。
本展は、旧ソウル駅が建てられた時期、朝鮮半島の一部の特権(裕福、あるいは文芸に長けた、都市在住の)を持つ市民が日々楽しむようになった珈琲とカフェ、それに関係するモダニズム文化について振り返り考察するものである。

ここ15年で(実感としてはおそらくスターバックスコーヒーの韓国進出やカフェを舞台にしたドラマのヒットをきっかけとして)、韓国のコーヒー事情は格段に向上している。10年だけをみても、2009年には2.7万軒だったコーヒー専門店は、2018年には6.6万軒に増えた(KB金融持株経営研究所調べ)。

コーヒーが一般市民の日常に溶け込むにしたがい、コーヒー文化・カフェ文化が多様化していった。
喉を潤すためだけにコーヒーがあるのではなく、人々がコーヒーを喫することを楽しみ、個性的な内装や器、オリジナルブレンドされた貴重な豆、写真に映えるケーキを出す店をどんどん開拓していき、スマホで撮り、ブログに載せ、さらにその文化が広まっていくという循環が生まれていく。

「コーヒーの時代」パートのうち、旧ソウル駅貴賓室における、写真家イ・ジュヨン(아주용)のインスタレーション「ソウル駅金剛山遊覧天然堂写真館プロジェクト」(2018)。天然堂写真館とは、1907年8月、日本で写真技術を学んだ西洋画家・金圭鎭(キム・ギュジン:김규진)が朴冑鎭(パクジュジン:박주진)とともに現在のソウル中区小公洞に開業した韓国初の写真館のこと。多様な写真の撮影を請け負い、妻の金眞愛(キム・ジネ:김진애)も写真技師になったことで、朝鮮半島における女性を含めた市民たちに「写真に撮られる/撮ること」を普及させた存在である。手前の写真は「英親王夫妻」(李垠・方子[梨本宮第一女子]夫妻のこと。モノクロ写真に手彩色、バックリットソルベントプリント、LEDライトパネル)、奥は「天然堂写真館(金剛山)」(アンティークオブジェ、アンティークカメラ、アクリル絵画など)。当時の写真館を模しており、背景には金剛山が描かれている。


また一方で近年、日本統治時代を舞台としたドラマや映画が多く制作され、「京城」としてのソウルにも注目が集まっているようだ。
当時の史跡や建築を辿り、考察する書籍の出版や展覧会も多く行われている。
現代の感覚をもってタイムスリップし、1900年代前半の朝鮮半島の一部にあったモダニズムを追体験するような新しい楽しみ方なのだと推察する。

本展は、人気のあるその2つのテーマが「魔融合」したような印象だ。
企画は、旧ソウル駅の第1、2等車待合室にてコーヒーが振る舞われたことに由来するという。
さらに、「ヒップ」カルチャーとして扱われることも少なくない新生空間などの現代美術作品の展示も魔融合の1要素として効果を発揮している。

開催から2ヵ月で観客数が20万人を超えるという前代未聞の事態となり、当初は2019年2月17日に終了予定だったが、あまりの好評っぷりに3月3日まで会期を延期することとなった。

おそらく博物館的アーカイブと解説、空間デザインによって、観客は大人向けのコーヒーテーマパークに来たような気持ちになるためであろう。
現代美術は本展の根幹という感じはなく、カルチャーとして親しみやすい別の要素と連結させることで、観客との距離を縮めているという印象だ。


展示は「コーヒーの時代」「近代の味」「ウィンタークラブ」「文化駅カフェ使用法」「クリスマスマーケット、プレゼントハウス」(ショップ)の5つのパートに分かれて構成されているが、キュレーションが通底している感じは強くなく、各パートごとに配置されたキュレーターが独自のキュレーションをした結果であろうことが想像できる。

特にアーカイヴ・ボムのキュレーターであるユン・ユルリ(윤율리)がキュレーションを行った「ウィンタークラブ」は、観客の目からは一見コーヒーの要素すらなく別プロジェクトのように感じられるであろう。

「コーヒーの時代」パートのうち、旧ソウル駅内のティールームの写真をプリントし、部屋を構成したユ・ミョンサン(유명산)の「ティールーム」(左)、壁に所狭しと付箋が貼られたコンテナ式の部屋の中で爆音で往年のポップソングを流し、その内部の様子を撮影して外に中継するソン・ギワン(성기완)の「リクエスト曲」(右)。

「コーヒーの時代」パート。
左2点:パク・ジョンフン(박정훈)、キム・チャンギョム(김창겸、以上映像)、キム・ジナ(김진하 文章)による「茶房ばなし」シリーズのうち、44本の韓国映画に出てくる喫茶店のシーンをピックアップして羅列し、6分に編集したパク・ジョンフンの映像作品「茶房ばなし―映画の中の茶房」。
右:ペク・ヒョンジン(백현진)の「部屋」。床にはコーヒー豆が敷き詰められ、部屋にはその焙煎された香りが立ち込める。ソファが設置されており、その香りの中でくつろぐことができる。会期中、ハプニング(偶然性を装ったり偶然自体を取り入れたパフォーマンス)やライブパフォーマンスが行われた。


展示内容としては、おそらく韓国現代美術史上の大きな事件として記録されることはないであろうと思われるが、これだけの動員数を得たことから、観客の動員や誘導がかなりうまくいった展示という意味で関心を引く。
コーヒーという身近なテーマと、トレンドのモダン・京城や新生空間など若い世代のアーティストがミックスし、祝祭的で、現代美術に特に関心がない人を含めた誰もが親しめる仕掛けとして大成功を収めたといえよう。

左:『珈琲社会』展エントランススペースのインスタレーション。
右:『ホテル社会』展エントランススペースのインスタレーション。
(真ん中のバーをスライドさせるとそれぞれの全体写真を見ることができます)



『ホテル社会』は『珈琲社会』の第2弾として企画されたものである。
『珈琲社会』と同じく、日本から伝わったモダニズムの隆盛を見た1920年代の京城から現代のソウルに至るまでのホテル文化、それに現代美術がコラボレーションした展覧会だ。
往年のホテルのサービスや構造、日帝時代の観光業流入などを追体験することができる。

全体の空間デザインを『珈琲社会』展で「喫茶ツバメと芸術家たちの疾走」パートを担当した坡州タイポグラフィ学校中間空間製作所、現代美術作品パート「コロニアル・ガーデン」をアーカイヴ・ボムのユン・ユルリと、同じ者が担当しているところもある。

『珈琲社会』と同じく、美術展というよりは空間デザインによるテーマパークのような祝祭的な盛り上がりを期待したものと思われるし、今回はよりその傾向が強くなったように感じる。

「ホテル社会アーカイブ」パート。
ホテルや鉄道、観光名所など1920年代から1980年代までの旅行文化、またホテルに欠かせないレストランの食文化・コンサート文化の香りを感じることのできる資料アーカイブ。その同じ部屋に鎮座するチョン・サンの作品。

ただし正直に言ってしまうと、キュレーションが通底している印象を受けなくとも、パビリオンとして各パートが成立していた『珈琲社会』ほどの密度はない。
アーカイブパートについても、資料は少なくないものの考察に乏しく、近代朝鮮・京城を表現するにも少し味付けが足りなかったのではないかという印象だ。
そもそもここは駅であり、旅立つ場所であるために、旅行文化を扱うのは珈琲よりも似つかわしいはずなのだが。

ただし美術展に限っては、旅、ホテル、近代における植民地主義をきちんと取り扱っているように見えた(『珈琲社会』で何か言われたのか、妙にきっちり説明されている)。

どうやら動員数は『珈琲社会』に迫らなかったようで、特に報道がなされていない。


長い回廊部分に設置された「コロニアル・ガーデン」パート。
多くの植民地を従えた列強国のホテルにおける南島風庭園のイメージ。レヴィ=ストロースやヴァルター・シュピースといった文化人が憧れとしての地・南へ向かったことを想起する(そこは植民地であったりし、その後いわゆるリゾート地へと変貌する。支配層が暢気に搾取を行う構造)。写真作家や画家らの描いた木々が鬱蒼とする。
参加作家:パク・ギョンニュル(박경률)、植物商店(写真左上)、オム・ユジョン엄유정)、ウ・ジヨン(우지영、写真左下の噴水状の作品「ラトナ:早く起きる鳥が虫を捕まえる」ヴェルサイユ宮殿内にあるラトナの泉を、韓国でよく見られる材料で再現)、イ・ガンヒョク(이강혁、写真左下「Night Plant」ホテルの照明を撮影しカーテンに印刷した)、イ・ドンフン(이동훈、写真左下の左手へ続く彫刻群)チャン・ジョンワン(장종완)、チョン・ヒョンソン(전현선)、チェ・ゴウン(최고은、写真右下「シャンデリア」)、ファン・エラン(황예랑)
研究協力:キム・ジョンファ(김정화 ソウル市立大学造景学科講師)

「客室」パートの展示。
写真左上:「201号室:昼寝用大客室」ペク・ヒョンジン(백현진)。ベッドマットが積み上げられた大きな客室。ここに観客が実際に昼寝をすることで本作品は完成するが、新型コロナウイルス流行下であるために作品内立ち入り禁止となっていた。通常であれば作家による昼寝用子守唄のパフォーマンスが行われている。
写真右上:「205号室:ホテル、ルシッドドリーム」ハン・スジ(한수지)、イ・ギョンミン(이경민)、パク・ジュネ(박준혜)。一流ホテルで人材育成にあたるプロフェッショナルのインタビュー映像、ホテル客の経験が語られる映像、ロビーを彷彿とさせる、トランクが大量におかれた設置作品で構成されている。
写真左下:「202号室:扉」パク・ジュネ。さまざまなホテルの多様な扉を映像で映す。エレベーターの扉、搬入用扉、バックヤードへのアプローチ部分。ホテルがさまざまな次元やレイヤーを含むということを感じとれる。
写真右下:「理髪社会」パート。近代のホテルには必ずある理髪室。クラシカルな雰囲気の中、美容師が実際に髪を切るパフォーマンスを行う。


展覧会原題:호텔사회,커피사회

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