イ・セオク個展『PERFORMING NATARRIVE MEIDCINE』 アーカイヴボム 2019.10.24-11.14

イ・セオク(이세옥、Sei Rhee)はもともと西江大学校で英米文学を修め、延世大学校コミュニケーション大学院にて映像学を、さらにアメリカのマサチューセッツ工科大学に留学もしているという、非芸術大学からコミュニケーション、そしてメディアアートへとのその領域を写してきたメディアアーティストであり、キュレーターでもある。

本展は、代案空間LOOP、スタジオ禿山、そしてここアーカイブボムが共同で行う『Echo Chamber: Sound Effects Seoul 2019』というサウンドアートフェスティバルの一環とされているのだが、サウンドアートというよりもパフォーミングアートを記録する映像作品が4点展示されている。

タイトルは「ナラティブ(ベースド)メディシン(個々の患者の物語に基づく医療)」に由来する(エビデンスに基づく医療の対極にあるもの)。
苦しみ、痛み、疾患などを表現する、新しい言語を探す試図であるとする本展のポスターには、言葉にできない痛みや苦しみを患者が医師に伝える時に使われるフェイススケールが描かれている。

本展のポスター。
左上から右下に向かって、フェイススケールが重篤になっていっている。

本展に関して作家ノートには、以下のようにある。

言語が必要である時と、言語が必ずしも必要ではない時がある。
この2つのモーメントが本展の作品に混在している。
あるいは、意味を含んだり暗示するモーメントと表現しようという意を明瞭に指示し、告白する瞬間が混ざっている。
言葉と動きを時間の流れに任せて眺め、同時に分類した場面を収集しかつ配置してみようとするものである。
PERFORMING NATARRIVE MEIDCINE。

パフォーマーらは話者かつ主人公として言葉とアクションを敢行する。作品「依頼人のアクション」と「ソプラノが突如出でて」では、パフォーマーらが妙でよくわからないことについて発話する。
よくわからない表現、よくわからない声、よくわからない要求、よくわからない感想を詠みあげる。
何がこの場面を妙でよくわからないものにしているのか。
あるいは「よく知っており」「よく知られている」内容が、よくわからない表現を通して伝達される。
これには多くの人々が見慣れたテクストである聖書を選んだ。
作品「磁場と練習」では、よく知られたテクストを読むという個人的で主観的な方法に注目し、翻訳において発生するエラーや特性を場面化した。

パフォーマーとスクリプトの間に発生する緊張感、あるいは衝突を捉え、演出した(文章、映像、サウンドの制作を通して、自らを他人の状況に移乗させようと努力する試みである)。
これは言語、ジェンダー、文化などに由来する。
パフォーマーとスクリプトの間の衝突のみならず、言語とアクションの関係を翻訳という次元で探るために、一部の場面は振り付け師と協働を行なった。
またそれは、それぞれ異なるスタイルで発話しアクションするパフォーマーらがひと所に集まり、多様な言葉のしのぎあいとなっていく。

https://www.artbava.com/exhibit/이세옥-개인전-performing-natarrive-meidcine/

何と言っても全体の振り付けを担当したチャン・ホンソク(장홍석)のパフォーマンスに目が惹きつけられる。信念のある目つき、ためらいのない動き、彫像のようなたたずまい。
だがこれらはすべて彼らが元の言葉と物語を読み取り、他者に別の言語(身体)で伝えようとする悪戦苦闘の試みであって、受け取ったメッセージ、そして伝えたメッセージが果たして原典に沿うものなのか、この伝え方で伝わるのかということは、パフォーマー自身ですらも疑心暗鬼なのであろう。
それを知ると、こうした当然のように行われているパフォーマンスも、何か揺らぎがあり、迷いがあり、試行錯誤の途中であるように見えてくる。

ナラティブ(ベースド)メディシンは、患者の話す物語に耳を傾け、それが客観的事実や論理性から外れていようともいったん受け止め、患者の苦しみや痛みを和らげようとする癒し方である。
物語を受け取った医療従事者はそれを解釈し、自らの言動に変換しなければならない。
そこにある患者の論理的でない表現から真の文脈をすくい取ること、そしてすくい取ろうとする側の模索が、本展では表現されているものと思われる。

「依頼人のアクション」シングルチャンネルフルハイビジョンビデオ、20分、2019年
パフォーマー・振り付け師のチャン・ホンソクによる独演。家を探しに来た人の言動を手話に翻訳し、その手話をさらにチャン・ホンソクがパフォーマンスへと翻訳する。下部には英語と韓国語で字幕が出され、彼のアクションが何を指すかを元の言語に回収してくれる。きびきびとしたパフォーマーの動きと眼差しが、なんということのない物語との関連をそこから読み解こうとさせる。
「ソプラノが突如出でて」シングルチャンネルフルハイビジョンビデオ、7分、2019年
演劇俳優イ・ヨンスクが、楽屋でオペラの独白シーンを練習するソプラノ歌手を演じたパフォーマンス。オペラの衣装もつけていないパフォーマーは一見平凡な女性に見えるが、鏡の中の自分に何度も繰り返される劇作的で自問自答のような言葉に、なんの仕掛けもないにも関わらず、だんだんパフォーマーとともに劇中へと引き込まれていく。
「入学したことのない学校」シングルチャンネルフルハイビジョンビデオ、6分、2019年
ドイツ出身の女優ユン・アンナが演じる話し手が、韓国で施行されたある多文化政策(韓国内に居住する外国人を理解しようという政策)について、寓話を用いて韓国語で述べている。
「磁場と練習」シングルチャンネルフルハイビジョンビデオ、21分、2019年
これまでの3作に登場するパフォーマー全員がパフォーマンスを行う。「世界で最も読まれている書」である聖書のうち、男女の恋の歌であるために解釈が難しいとされる旧約聖書の雅歌の一節をパフォーマーらが読み上げながら互いに絡まりあっていく。作家はその一節の誤った解釈をもとに彼らにパフォーマンスを行わせており、原書からの誤読、そしてそれを身体的表現に変換した時の言語とのギャップが映し出されている。


展覧会原題:이세옥 개인전 PERFORMING NATARRIVE MEIDCINE

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