『老人はライオンの夢を見ていた』ムジン兄弟個展 art space pool 2019.10.31-12.1

「老人はライオンの夢を見ていたⅠ」 (2019年/シングルチャネルビデオ/カラー/4K/ステレオサウンド/30分34秒)

ムジン兄弟はチョン・ムジン(정무진)、チョン・ヒョヨン(정효영)、チョン・ヨンドン(정영돈)の男女3人で構成されるメディアアーティストだ。
映像作品と書籍出版におけるテキストにて、平凡な人びとの生や社会的な側面などを描いてきたほか、パブリックアートも手がける。


2019年4月には、ソウル市立北ソウル美術館と、まとまったビデオアートコレクションを有するハン・ネフケンス財団(スペイン・バルセロナ)との共催で行われた「コリアン・ビデオアート・プロダクション・アワード2019」を受賞している。
これによって2020年に北ソウル美術館で行われるビデオアート展に招聘されるとともに、作品制作費15,000ユーロの援助を得、さらに受賞作は財団の所蔵作品となり、財団を通してヨーロッパ各国で紹介される機会を獲得することとなった。

本展は、受賞後初となる個展である(art space poolでは3年ぶり)。

「老人はライオンの夢を見ていた Ⅰ」 

「老人はライオンの夢を見ていた」という展覧会タイトルは、ヘミングウェイの『老人と海』の最後の一文から引用されている。
カジキやサメとの死闘を終えて小屋に帰った老人は、子どものころに見たのと同じライオンの夢を見、物語は終わる。

メインの場所で映写されている1つめの映像作品「老人はライオンの夢を見ていた Ⅰ」では、ある地方の農村地帯に住む老人の1日が淡々と映される。

朝起き、吐く息の白くなる寒さのなか自分のためだけの食事を作る。
家の中は掃除がきちんとされているものの、壁にもたせかけられたままの食卓、落ち着かない位置にある什器類などが、何か特有の空虚さを匂わせる。
親や妻、兄弟と思われる何人もの遺影が並ぶ壁が映ると、彼がすでに妻を亡くしたやもめであること、かつてここに何世代も家族が住んでおり、その家長として真ん中にいた人物であることがわかる(なお作家自身の祖父だという)。

家の周辺にある川、山、竹林、田畑が映されるも、それが老人の生活リズムに何か影響している様子はない。

少し散策や作業に出かけて戻ってき、節くれだった手でたまった郵便物と昔の書類を仕分けし、爪の垢を除き、力の抜けた手に数種類の常用薬を置いてから飲み、離れて住む子と孫と電話で話す。雨の音に老人の声と途切れ途切れの子の声が混じる。特段の事件は起こらず、普通の会話がなされ、時が流れていく。


ベッドでまどろんでいた老人が、大きな声で寝言のような声を上げることが、この作品における唯一の事件と言えるかもしれない。


キュレーターのシン・ジイ(신지이)によると老人自身が自分の意思によって、この家、この生活からは離れないのだという。
変わらない老人の日々が動かず、淡々とそこに存在することだけが、緻密に映像に表される。
そうした、誰の家族にも、誰にでも訪れるであろう人生の黄昏が描かれている。

意気軒昂だったであろうころの老人の写真が、スライドとなって壁の中に埋め込まれている。遠ざかる過去のようだ。
波しぶきのように見える写真が並べられたインスタレーション。奥の部屋へと続き、2つの映像作品がつながっていることを示している



奥の部屋にはもうひとつ、映像作品が映写されている。タイトルは同じく「老人はライオンの夢を見ていた」で「Ⅱ 安宅(平穏に休める家)」という副題が、これが先ほどの映像の続きであることを示している。


しかし単純に先ほどの老人の生活の続きや後日談が描かれているわけではない。
森の中で誰か壮年らしき人物が、焼き物の表面を削っている。
シャッ、シャッ、という彫刻刀の音と重なって、ナレーションが入る。

「老人はライオンの夢を見ていたⅡ 安宅」 (2019年/シングルチャネルビデオ/カラー/4K/ステレオサウンド/19分01秒)


ナレーションは、なぜ人は「人」が「主」である状態を示す「(居)住」にこだわるのか、その「住」も、ロウソクの灯りである「主」が消えると存在しなくなってしまうということ、たとえばあの老人はかつて自分の意思でときに危険も冒した者でもあるのだが、人間はその過去の時間から脱出するように簡単に新しい環境に順応できるものだろうか、などという人生と住居に関する思考について、映像の全般にわたって語り続ける。

そのうち映像は俯瞰的な視点から映されるようになる。
砂地や田畑の映像の上にスケートリンクを滑る幸せそうな家族たちが合成で映り、さらに成層圏から人間を眺めるような映像へと移る。

同じタイトルでセットになった2つの映像作品であるが、その様子はかなり異なる。

1つめは、老人の何ら変化も抑揚もおもしろみもない1日をていねいに、しかしただの一般的な世界中のどこにでもあるものに切り取ったものだ。感情的に共感することができる。
2つめでは、老人(作家の血縁)の暮らしを切り取るの映像制作をきっかけに、家族や人間の暮らしというものについて分析を試み、結論を導こうとする作家の脳内思考が表現されている。


1つめがなければこの思考の表現もなかったために、構成が異なってもセットの作品となっているのだろう。
また老人の暮らしを作家の思考といったん離し、普遍的なものとして見せるために、1つめの映像とは別途制作したのだろう。



この展覧会の作品中に唯一起こる事件-寝言を吠えながら老人が見ていた「ライオンの夢」は、過去を追いかけるものなのか。
それともこれからの不安、あるいは何かの変化の予兆なのだろうか。

art space poolによる会場内映像はこちら


展覧会原題:무진형제 개인전 “노인은 사자 꿈을 꾸고 있었다”

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