ノ・スンテク 『非常国家Ⅱ 第4の壁』 アートソンジェセンター 2017.6.2-8.6

ノ・スンテク(노순택 b.1971)は現代韓国写真界を代表する作家といって差し支えないだろう。
元々は建国大学校で政治外交学を修めている(後に弘益大学校大学院で写真を学び始めるが中退している)。卒後、市民投稿型ニュースサイト「オーマイニュース」(日本では短期間に撤退したメディアであるが、韓国では成功している)でカメラマン・記者として報道に携わっていたが、写真作家としての活動を広げていく。
2012年に東江写真賞、2014年に国立現代美術館『今年の作家賞』にチャン・ジア(장지아)、キム・シニル(김신일)、ク・ドンヒ(구동희)と共に選出されたほか、2016年に具本柱芸術賞を受けている。

本展は、2008年に作家がドイツ・シュッツガルトにおけるクンストフェアライン(kunstverein:芸術協会、現代美術の啓蒙組織、およびそれによる展示)で開催された個展『非常国家』とコンセプトや問題意識を同じくするもので、続編として『非常国家』以降10年近くの間(『非常国家』にはなかった李明博政権からセウォル号事故、朴槿恵大統領罷免までも扱われている)に撮影された作品で構成・開催されるものである。

本展示のキュレーションは、アートソンジェセンター館長のキム・ソンジョン(김선정)、ドイツ・シュツットガルトのヴェルテンベルグ・クンストフェアライン(Württembergische Kunstverein)ディレクターのハンス D. クリスト(Hans D. Christ)、トータル美術館主任キュレーターのシン・ボスル(신보술)によってなされた。ハンス D. クリストは、先述のドイツにおける『非常国家』展、同展のスペイン巡回展(2009年)を企画したキュレーターである。

会場全景。アートソンジェセンターは2階と3階に展示スペースがある。


ノ・スンテクは「分断」を映す写真家といわれる。
2003〜2010年の間に撮られた『分断の香り』シリーズでは韓国国内に見る北朝鮮と韓国の分断を、写真のすべてに白いボールのように見える建築物(韓国内の所々に米軍が設置したレーダー施設)が映りこむ『風変わりなボール』シリーズ(2006)では韓国の地方都市で日常風景に馴染んでしまっている戦争状態を、『赤い枠』(2005、英語タイトルはRed House)シリーズでは北朝鮮のマスゲームや闇に浮かぶチュチェの灯を写し、民族の解離を描いた。

『非常国家』シリーズは、韓国の社会情勢や国内の分断が中心に描かれている。『Ⅱ』ではよりその傾向が強い。
「非常国家」というタイトルは、ドイツの政治学者・哲学者のカール・シュミットがその著書『政治神学』にて用いた概念「例外状態(Ausnahmezustand)」から名付けられたという。
「例外状態」は政治や統治において「友」と「敵」、あるいは「内」と「外」が明確に分かれることをいい、端的にいうと戦争状態を指す。同書では「主権者とは、例外状態に関して決断を下す者のことである」という一節が有名だ。

大日本帝国による支配が終わり分断統治されて以降、朝鮮半島は恒常的な「例外状態」にあり続けている。
韓国はさらに、反政府的人物・団体であると権力側に目された者らの粛清、軍事クーデター、民主化運動や学生運動で国民と政府の対立、労使対立の激化など、「友」と「敵」の対立が入れ子状態となった65年を送ってきた。
つまり「非常国家」は、解放後の韓国と現代韓国社会の緊張状態を指した言葉だと言える。
(詩人・金南柱(キム・ナムジュ、김남주)の「삼팔선은 삼팔선에만 있는것이 아니다(38度線は38度線にだけあるのではない)」という言葉が想起される)

そしてそうした状況下で生きる人々は果たして「例外状態に関して決断を下す」「主権者」でありえているのかという問いも聞こえてくる。

「仮面の天安艦」シリーズ(2010)。海辺を2人1組で哨戒する韓国軍兵士。
「天安艦」とは2010年に北朝鮮軍の魚雷攻撃により沈没した韓国海軍の護衛対潜艦「天安」のこと。この攻撃により兵士46名、捜索協力者10名の合わせて56名が犠牲となった。
「忘れられた保温瓶を探して」シリーズ(2011):2011年の延坪島砲撃事件を扱ったシリーズ。
砲撃を受けてめちゃくちゃになった一般家屋、焼け焦げた果物や豚のバラ肉(黒く焼け焦げた周囲のガラクタの中で肉の色が生々しい)、食べ物を探してうろつく犬(攻撃開始から26分で高速艇での退避命令が発令され、住民はペットを連れて逃げることが許されなかった。その多くは、せめて自ら餌を探して生き延びられるようにと鎖が外された)などが写る。タイトルは当時、国会議員の安相洙が砲撃後の延坪島を視察し、焼け跡から拾い上げた保温瓶を間違って「砲弾だ」とコメントするYTNのニュース映像が話題になったことに由来する(同氏の兵役免除問題が取りざたされた)。


ノ・スンテクの表現者としての出発点は「オーマイニュース」であり、同メディアが2000年代の韓国において盧武鉉大統領シンパ(ノサモ:盧武鉉を愛する集まり)の生成に大なる寄与をしたところを見ると、作家の政治的立場は自然と見えてくる(自分の古巣には愛着があるようで、近年に至っても彼の写真が掲載されることがある)。

作家は、「分断は、誤作動が作動したために生じたもの」とよく語っている。
おそらく作品に映された状況は、現場にいる作家が「本来あるべきでないものであり、ハプニングであり、まともではなく、直されるべきもの」と感じ、それがシャッターを切る動機となっているのだろう。

こうした考えは報道出身者らしくもあり、実際に作品も少なからずそうした精神に依拠しているように見えるために、中には「報道写真と何が違うのだ」という人すらいる。
しかし報道写真とは圧倒的に異なる構図の美しさがある。
そこに映るのは焼け焦げたリンゴであり、民衆に向けて公権力が放ったカプサイシン入り水大砲の軌跡であり、制圧される抗議者であるのだが、絵画的なのだ。
静物画や西洋画の群衆構図のようなクラシックな印象をも受ける。
(ただし非常に微妙な境界線上にあるだろう。例えば写真集になったときには展示で実物を見た時のような絵画的な美しさを受け取ることはあまりない)

「非常国家」シリーズ(2008~)。
作家には、統制された個のない集合としての警察の動きをとらえる作品が多い。着々と暴力を交えながらタスクをこなしていく集合体。その統制された動きは滑稽かつ美しくも見える。自分が当事者ではないと思っている限り。
「検挙」シリーズ。
西洋画を思わせる群衆構図。本展で最も美しいと感じた。黄金比の曲線を描きたくなる。


本展の「第4の壁」という副題は、演劇をよく知る人ならピンとくる言葉であろう。
舞台上のフィクションと席にいる現実の観客をわかつ見えない壁のことであり、観客は舞台上の当事者たりえない。


作家はこの10年近くの間に、多くの民衆による抗議活動を山のように見、公権力や資本の前に敗北していく様子を撮影してきた。
こうした日常の分断が、果たして第4の壁を超えて受け手に我が事として認知され得るだろうかという作家の煩悶が見えるようだ。

「壊れた島」シリーズ(2000)。
華城市梅香里ノンソム(濃島)という島をモノクロで写す。ここは在韓米軍の射撃・爆撃演習場だった場所で毎日600回以上の演習が行われていたが、住民の反対運動の末、2005年に韓国に返還された。射撃され穴だらけになった車、住民の反対運動、空軍による爆撃でいくつもの光が美しく島を照らしているように見える写真などが並ぶ。
「非常国家」シリーズ。本展のメインイメージにもなっている。
こうした鳥瞰図的撮影方法も、ノ・スンテク作品の特徴である。


展覧会原題:노순택: 비상국가 Ⅱ – 제 4의 벽

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