
6回目を迎えたエルメスコリア美術賞。
長らく休館が続いているアートソンジェセンターは、このエルメスコリア美術賞のためにその扉を久々に開いた。
経営一家の、ソンジェセンターをめぐる内紛などがささやかれる中、果たして同館がこれからどのような姿に変わっていくのかも気になるが、今回はともかくエルメスアワードである。
さてエルメスコリア美術賞は、2000年にフランスのエルメス財団が、海外企業による美術賞としては初めて韓国内に創設した、韓国人アーティスト個人・グループに贈呈される美術賞であり、最も権威のある私設美術賞のひとつに数えられる。
まず3人の受賞候補者が選ばれ、その後1人だけ受賞者が選定される。
またエルメスコリア美術賞展は、受賞候補者全員の作品が展示される。
これまでの受賞者は、第1回がチャン・ヨンヘ(장영혜)、第2回がキム・ボム(김범)、第3回がパク・イソ(박이소)、第4回がソ・ドホ(서도호)、第5回がパク・チャンギョン(박찬경)であった。
なお2000〜2003年まではギャラリー現代にて授賞式や記念展が開かれていた。
今回ノミネート委員会はアン・ソヨン(サムソン・リウム美術館シニアキュレーター)、イ・クァンフン(プロジェクトスペース・サルビア チーフキュレーター)など韓国人5名が務め、審査委員会はキム・ヨンスン(芸術の殿堂 アートディレクター)、イ・ヨンジュン桂園造形芸術大学教授、イム・ヒジュ現代美術館会常任副会長の3人の韓国人に、フランク・ゴートロー(Franck Gautherot:ディジョン・コンソーシアムディレクター)、クォク・キァン・チョー(Kwok Kian Chow:シンガポール美術館ディレクター)の2人が加わって組織された。
今回受賞候補者として選ばれたのはク・ジョンア、キム・ソラ、ニッキー・S・リーとすべて女性で、映えある受賞者となったのはク・ジョンアであった。
ク・ジョンアとキム・ソラは2階に、ニッキー・S・リーの作品が3階に展示されている。


手前中央の薄い壁は、角砂糖が積まれたインスタレーションである。
ク・ジョンアは1967年生まれで現在パリを拠点に活動を続けている。
日本をはじめ数々の国際展にも出展しており、2001年横浜トリエンナーレの出展でも知られる。
今回は、角砂糖で作られた小さな壁のようなオブジェがぼんやりと暗いスペースに置かれたインスタレーションを行っている。
完璧な立方体を成す角砂糖が床に壁状に積み重ねられたというだけで、非常に危なげな、不安定ではかなげなイメージをもってしまう。
また、ナポレオンが流刑になったエルバ島近くの光きらめく夜の海を写したビデオインスタレーション『Ssisai』、丸のパターンで女性が描かれたドローイング『Sechimi』もあわせて出品されている。
『Ssisai』は粗忽でいつも不適な笑みをたたえている人間を指し、『Sechimi』はシラを切ることを指す韓国の統営(トンヨン)地方のなまり言葉である。


キム・ソラは、2002年の光州ビエンナーレ、2003年のヴェニスビエンナーレ、そして2005年の横浜トリエンナーレと出展しており、もう日本でも名前がおなじみになった作家かもしれない。
ソウルを拠点に国内外で活躍し、また、キム・ホンソク(日本ではギム・ホンソックと表記される)とのコラボレーションでも知られている。
彼女はパフォーマンスを通して、またそのパフォーマンスの記録映像という形をとって表現する事が多いが、今回の『神託の夜』は、観客参加型インスタレーションである。
展示室の入口を入ると、ひたすら男性が氷をボール型に削っている。
もう一人の男性が「こんにちは」と書かれた看板を向けてくる。
あとはその男性の出す看板にしたがって観客は進むことになる。
ボール状の氷がストックされている冷凍庫から1つボールを選んで、ボーリング場のようになったレーンの上に投げる。
すると、氷のボールが最終的に落ちた(ゴールした)レーンによって数字が示される。
「あなたは○番の道を選ばれました」と書かれた看板を掲げられ、ヘッドフォンを付けられるよう指示される。
矢印が描かれた看板で示された先には、大きな2枚の板が人が1人やっと通れる位の狭さでそびえている。
そこに入ると、装着したヘッドフォンから大音量で音楽が流れてくる。
どうやらこの音楽は数字によって違うらしい。
何とか長いその板の間を通り抜けると、看板でガイドをしてくれていた男性が、「さようなら」という看板を掲げて待っている。
ぼんやりしている間に人生ゲームに巻き込まれてしまったようなカラクリをもつ、参加型の作品となっている。


ニッキー・S・リーは1970年生まれでニューヨークを拠点に活動している。名前を見ると在米韓国人2世のように見えるが、韓国生まれである。
彼女の作品は、彼女自身が登場する写真群から成る。
「女子高生プロジェクト」「スケートボーダー・プロジェクト」
「オハイオ・プロジェクト」「レズビアン・プロジェクト」
「ヤッピー・プロジェクト」「エロダンサー・プロジェクト」
……など、あるコミュニティに移住者として侵入した自分を撮影するプロジェクトだ。
扮装とパフォーマンスがすべて作家と協力者によってなされているが、そこに演じているようなわざとらしさは感じられない。
まさに場所、国、年代等のまったく異なるコミュニティにすでに長らく属しており、ファッションや態度、化粧などがそうしたコミュニティ独特なものとなっているため、写真に映るのは同じ作家本人なのに、全員が別人に見えるという不思議な感覚を与えてくれる。
さらに心惹かれるのは「Parts」シリーズである。
こちらも作家自身が写っているのだが、彼女の肩におかれた太い腕、彼女の髪の毛をいじる手、鏡を一心に見る彼女を撮る撮り手の姿、彼女と顔をつき合わせ笑うときの鼻先……と、もう1人の存在(男性)を匂わせる。しかし決してはっきりその姿をみせることはなく、そのほとんどの部分がカットされている。
おそらくは彼女が愛した人の余韻が、香のように香る写真群である。

このように開かれたエルメス・コリア美術賞だが、おそらくエルメスはソウルにビルを建設中ということもあり、今後もこの美術賞の事業自体はは続いていくことになるのであろうと思われる。
問題は、アートソンジェが一体どうなるかであり、これは韓国美術界でも懸念のひとつといえるだろう。
展覧会原題:에르메스 코리아 미술상 2005
2019.06.01再編集