『Emerging VI 絶対無敵』 チョ・へジュン シン・チャンヨン展 SSAMZIE SPACE 2005.09.13-11.04

『絶対無敵』展会場。

2000年から毎年、作家2人の個展を組み合わせた年次企画展『Emerging』(発展段階、新出現を意味する)を行い、新進作家を発掘・紹介しているサムジー・スペース*。

6度目の開催となった今回の『絶対無敵』という展覧会名は、超人的な力を持っている存在を意味する。
本展はまとめて『絶対無敵』と題されているが、チョ・へジュン(조해준)のパートは『開拓者の訪問(개척자의 방문)』、シン・チャンヨン(신창용)のパートは『力 power』と題され、それぞれ個展のようになっている。

コカ・コーラのビンを使ったインスタレーション『Play-Points(red)』
チョ・へジュン

『翻訳への抵抗(Against Translation)』(2005年6月18日-7月10日、トータル美術館。事実上2004年の釜山ビエンナーレ参加作家によるパク・イソの追悼展と言える内容)では、中央に鏡を立てたような、左右対称のコカコーラのロゴが描かれた作品『Whenever Wherever』を展示したチョ・へジュン。

大量消費時代やグローバル企業の象徴的存在となったナイキやコカ・コーラなどのロゴをモチーフとし、大量消費時代における権力となったグローバル企業のイメージ戦略によってもたらされた、見慣れた感じや安心感、そしてそれを求める消費者の欲望を表した作品を作ってきた。

今回の『Play-Points』もコカ・コーラのビンを粉々に砕き、展示場のあちこちにガラス片の山を作ってインスタレーション作品としている。
韓国の伝統的な墳墓にも見えるそのガラス片の山に照明が当たって、破片がキラキラと輝く。
中身の飲料をすでに失っているガラス片は、なお薄い青緑色の山の中でコカ・コーラの赤いラベルを際立たせている。

『Play-Points』は、商品を購入するたびにもらえる獲得点数を、公式ウェブサイトで貯め、それをゲームや音楽と交換できるという、コカ・コーラ社の同名のキャンペーンのことである。
展示スペースのあちこちに山積したコカ・コーラのガラス片、そのかけらひとつひとつが、まるでコカ・コーラ製品を買うともらえるポイント(何十個も製品を買わないと、使用価値をもたない)であるかのようだ。

消費者は、何らかの権利や利益を自ら求めて、こうした巨大企業の行うキャンペーンに参加する。
しかし結局それは巨大企業のさらなる利益となる。
われわれは特にそれに敏感に気づくこともなく、極めて無意識のうちに、ガラス片を集めて墳墓を築くがごときキャンペーンに加わっているのだ。

『Play Points』チョ・へジュン
砕かれたコカ・コーラの瓶のかけらが宝石のようにカット・研磨され、h光り輝いている。ただ宝石のようにうやうやしくケースに入れて陳列されたりはしていない。
『It’s it !』チョ・へジュン

作家ノートにはこう書かれている。
「日常、そしてミクロの空間の広範囲に浸透しているコカ・コーラに、いつも、いつでもわれわれは出くわす。これは、スーパーマーケットの戦略によって町の路地のすみずみまでに浸透し開拓された、国を超越した企業の徹底したローカルマーケティングの結果である。あいも変わらず、今日も家を出ると、そこここに貼られたり掲げられたりしているコカ・コーラの広告や商品、プレゼントキャンペーンの類は尽きることなく、拡張し、連結していく。」
「ある日、鍾路の目抜き通りでコカ・コーラのトラックが突然停まったのに出くわした。コカ・コーラの配達員が車から降りてきて、路上の割れたコーラ瓶のガラス片を手早く集めてトラックに回収し、去っていった。私はこの光景が、単純に安全上の理由によって起きたものだとは思えなかった。あまりにも当然で大したことでもない行為だが、私にはそのようには見えなかったのだ。」

シン・チャンヨン『Power-up』
シン・チャンヨン展示風景。

シン・チャンヨンはまったくの新人で、初の展覧会ということである。

ブルース・リーをはじめとするハリウッド映画、クラーク・ケント(スーパーマン)などのアメリカンコミックスのキャラクターなどを絵画に描くことで、ヒーローとヒーローがもつ力に対する幻想、憧れを表現してきた。
特にブルース・リーには、作家の強い思い入れや特別な畏敬の念があるらしく、多くの作品に登場し、さらに作家自身がその場面に挿入されている。

現実ではあり得ないブルース・リーと他のヒーローの共演や、アニメの悪役とブルース・リーの対峙など、正しい力をもつブルース・リーにかかわる妄想はとどまることを知らない(アニメのキャラクターをアクリルで描いても、結局セル画的になってしまうところもおもしろい)。

またそこに自分を介入させることで、自分も「正しい力」を行使するヒーローでありたいし、そうであろうというナルシシズムを感じることもできる。

作家ノートにはこのようにある。
「ブルース・リーというひとりの漢がいた。自らをよく鍛え、人間の限界を超越するスピードと力をもった彼に、われわれは正しい力を感じるようになった。彼のひとつひとつの動きは、到達しうる最大値の力が自然にその体に染み込んだように表現される。彼の体つきは、俊敏で強く見える、身体の決定版なのだ。彼を通して私はさまざまなことを学び、彼を通して私はさまざまなことを克服できるようになった。」

『武器』シリーズ。
シン・チャンヨン

シン・チャンヨンはもうひとつ、「武器」シリーズを展示している。
こちらは架空の新式武器の精密な設計図をアクリルで描いたものである。
そこに感情移入は見られず、ただ淡々と武器の情報だけを伝えている。

グローバリズムにより自分に到達し、魅了してきたヒーローのあまりに大きく飲み込まれるしかない影響力に感情的になってしまう作家と、論理性のある作家の顔とが見られるような気がする。
もしかしたら少しはグローバリズムにより押し寄せる魅力的な情報に対して、個人として抗する気持ちがなくはないのでは、と思うのは邪推だろうか。
しかし描かれた武器の設計図は個人武装用のものしかなく、グローバリズムに抗するには個人の判断や思想でしか武装できないという皮肉が、込められているのかもしれない。


撮影を許可くださったSSamzie Spaceに感謝いたします。

展覧会原題:쌈지스페이스 연례기획 Emerging VI 절대무적
2019.5.22.再編集


後注:
*:2008年に閉館。

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