ノ・ジナ 『Je suis l’hommelette!!(私はomeletteだ!!)』展 オルタナティブスペースLOOP 2005.01.28-03.04

展覧会パンフレット。

ソウル大学卒業後、シカゴ・アート・インスティテュートでメディアアートを専攻したノ・ジナ(노진아)は、パーソナルコンピューターを使ったインタラクティブ・インスタレーションを作品を作ってきた作家である。
特に、人間そっくりのアンドロイドを含むインタラクティブアート作品を制作し続けている。

そのアンドロイドは「人間になりたい」という欲望を口にする。
一方、私たち人間は日常を機械で武装し続けている。
自分には欠けていて相手にはあるものを欲しているような、アンドロイドと人間の対峙関係を、ノ・ジナは作品のテーマとしている。

本展のパンフレットには、フランスの精神科医・精神分析家ジャック・ラカンが1966年に言葉遊びを交えながら述べた「人間(l’homme)は、卵の殻が割られつつ作られた、オムレット(l’omelette)のようなもの(l’hommelette)なのだ」という言葉が記されている(おそらく出典は1964年の『精神分析の四基本概念』と思われるが定かではない。いずれにしろラカンによるセミナー”セミネール”からのものであろう)。

ラカンは「hommelette」を、卵からも人間からもできるものとしている。

本展のタイトル『Je suis l’hommelette!!』のhommeletteは、このラカンの造語を借りたものであり、それに感嘆符をつけ、アンドロイドの主張としている。

巨大な頭部のインスタレーション『Je suis l’hommelette!!』

会場に入ると、人の背ほどの高さのある、巨大な顔が据えられているのがまず目に入る。
その後ろに回ってみると、巨大な顔の目玉を割って孵化したばかりのアンドロイドが見える。
つまりこのアンドロイドは、人間とその卵から生まれたhomeletteというわけである。

目玉から生まれたばかりのhomeletteは、人間が近づいて来るまでは眠りについており、ピクリとも動かないが、人間が近づくと感知し、見つめてくる。
その視界は、homeletteの周囲に設置された3つの小さなモニターに映し出される。

ほどなくしてhomeletteは、観客に話しかけてくる。
「あなたと会えてうれしいです。私と話がしたかったら、横の部屋にもうひとり必要です」。
目やまぶた、口の動きは実に滑らかで、それが非常に精巧に作られたものだといことがわかる。

生まれたばかりのhomelette。皮膚感が本物の人間に近く、しゃべる時の口元や眉間の動きは非常にリアル。

言われるままにパーティションの向こうに行くと、スクリーンの前にキーボードがひとつ設置されている。
スクリーンには、アンドロイドの大きな目のイメージを中心に、万華鏡を絶え間なく回しているような、目まぐるしい映像が投影されている。
その左右にはモニターが2つあり、先ほどのhomeletteの様子が中継されている。
スクリーンが設置された壁からは何本ものチューブがこちらに向かって突き出しており、何かの回路のように見える。
そして、先ほど聞いたhomeletteの声が聞こえる。
「私の頭の中へ、ようこそ」

ひとりがhomeletteのそばにいて、もうひとりがスクリーンの部屋でキーボードに言葉を打ち入れると、双方がコミュニケーションをすることができるという仕組みだ。

キーボードの部屋に入った人間は、homeletteの自我になってしまう。
ただひとりだけがキーボードの部屋にいると、homeletteに誠実に話しかけたとしても、ひたすら「早く人間になりたい、どうしたらなれますか?」と答えるようになる。

キーボードのある部屋。目の前のスクリーンには、homeletteの頭の中に浮かんでいるらしいイメージが目まぐるしく映し出される。
スクリーンに映し出される映像。homeletteのイメージが万華鏡のようにいくつもの鏡に映されて幾何学模様になり、目まぐるしく変化していく。

スクリーンに映されたhomeletteの頭の中のイメージの前で、観客(=homeletteの自我)が対面する。
一方でhomeletteは、自分の周りにあるモニターで、自分の姿と対面している。

これは、同じくラカンの鏡像段階論を表している。
これは幼児がどのように自我を形成していくかという、人間の発達段階に関する論説である。
生まれたばかりの人間は未成熟であるため、自らがどんなふうにできているか意識することができない。成長段階において、親を含む他者との接触や評価、鏡という自分を客観的に映すものが自分だけで形成した自我に加わって、その後の自我というものを形成し、自己同一性を得ていく、というものである。

つまりこの2つの鏡像は、homeletteが人間としての自我を形成していく現象と、人間である観客が、アンドロイドの頭脳という仮想世界に自我を形成していく現象の2つを示している。
すでに人間はアバターなど、生体以外の場所に別の自我を作ることに慣れているが、homeletteはそれを含めて人間になりたいというのだ。


パンフレットに記された作家ノートには、
「触覚的なものを発見し、かつ私たちが失いつつある何かを感じる機会を提供できれば 」
とある。

『Je suis l’hommelette!!』の前に立てば、テクノロジーと人間の相互作用、そしてあまりに縮まったその距離感を観客は感じることができる。
そして鏡のこちらとあちら側が、ひょっとすると入れ替わってしまうのではないかという、ちょっとした恐怖感も湧いてくるという、作家の意図通りのものを、われわれも感じ取ることができる。

資料提供くださったオルタナティブスペースLOOPに感謝いたします。


展覧会原題:Je Suis L’hommelette!!
2019.5.25.再編集

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