

韓国三大紙のひとつ・東亜日報が経営するイルミン美術館。
光化門の十字路に行けば、その独特な建築にすぐ目が行くだろう。
今回は、1階でク・ジャヨン、2階でアン・スジンの展覧会が行われている。
ク・ジャヨン 「B_it」 ビデオ/パフォーマンス 展
ソウル大学を卒業後、ニューヨークに渡ってビデオアートを学んだク・ジャヨン(구자영)。
アメリカや日本など海外でも多く展覧会を開いている。
「be it」と「bit」がかけられた名前のついた今回の展示では、「The Shade」と「Light Box」という2つの映像作品を観ることができる。
どちらも、自らのパフォーマンス映像をプロジェクターで何重にも投影し、何が実際なのか分からないような世界を作り出している。
「The Shade」は、男性(作家自身)が、映像を映した小さなスクリーンをカメラに近づけてくるところから始まる。
そこには男性が大きなドアや、ドアを開けたその向こうに何重にも出現するシェードを開けていく映像が投影されている。
本当のドアは1回しか開ける必要がないはずなのに、男性が何人も出てきては、たまねぎの皮をむくように何回も出現するドアや窓、シェードを開けていく。
最後の窓とシェードを開けると、そこにはガラス窓と庭が見えるのだが、それまでにすでに私たちは混乱してしまっており、本当にシェードが開けられたのかどうか疑ってしまう。
最後のドアが飽きられたのち、庭からこちらを覗く男性の姿は、投影された映像なのか、違うのか。
これらはすべて、冒頭に作家がカメラに近づけた小さなスクリーンに映し出された、小さな窓の中の出来事である。
後半は、逆回しをするように、シェードやドアが閉められていく。
最後にスクリーンがカメラから離され、暗転となる。

(出典:http://ilmin.org/exhibitions/past-all/구자영안수진-전/)
もうひとつの作品「Light Box」は、プロジェクター2台を使った展示である。
イルミン美術館の展示スペースには、一段高くなったステージ様の部分があるのだが、そこの2面の壁がぶつかる角に、何も貼られていない広告用のライトボックスが実際に1つ置かれている。電気はついていない。
映像はそこを起点として、左右2面の壁にそれぞれ投影される。
左右から男性(=作家)が現れてライトボックスを眺めたあと(映像の中ではなく実際にある方を眺めているように見える)、それぞれの男性がライトボックスを動かしだす(ライトボックスがいきなり3つに分身したようだが、映像内のライトボックスが、本物と重なる位置に映されていたことになる)。
ライトボックスを眺めたりウロウロした後、2人の男性はそれぞれの目の前にあるライトボックスに蛍光灯の写真が印刷されたフィルムを垂れ下げる。
そして、また元の位置(つまり、実際のライトボックスの位置)に戻した後、それぞれのコンセントをプラグに差し込む。
その瞬間、本物のライトボックスの電源が入り、直視できないほどまぶしく光りだす。
一気に、映像の世界から現実へと境界を飛び越えさせられる心持ちだ。
現実と非現実と映像という関係だけでなく、非現実の中の非現実といった映像のレイヤーを重ね合わせることで、まるで暖かい部屋から寒い外に出たときのように、われわれの知覚にもレイヤーがあり、それを仕掛け次第で楽々と飛び越えることができると知らせてくれるのである。
アン・スジン 「metoronome」ビデオ/キネティックインスタレーション 展


2階のアン・スジン (안수진)パートでは、キネティック・アート(作品自体が自走するなど、動きを取り入れた芸術作品)の展示が行われている。

(出典:http://www.ahnsoojin.com/)
「龍」と題された作品は、地球儀の車輪をもつ三輪車が、引かれた線内をぐるぐると回っている。そのサドルには長い棒が立てられており、その先にはおもちゃの恐竜の頭が刺さっている。
これは、「アジアの龍」たろうとして現実にはなれていない韓国を、アイロニックに表現したものとのことである。
アン・スジンは、このように政治的・社会的問題に対し関心を持ち、制作の原動力としている。

(出典:http://www.ahnsoojin.com)
「ステレオ水槽」は、韓国民主化運動の中で命を落としたソウル大生・朴鍾哲をモチーフにしている。
朴鍾哲は1987年、治安当局に手配されていた大学の先輩を自分の下宿に一晩泊めたことから、そのメンバーの所在を問うため当局によって南営洞対共分室(当局に連行された民主化運動家や学生運動家、北朝鮮のスパイと見られた人びとを尋問するための施設)へ連行された。
そして、全裸にされて浴槽に貯めた水に顔をつけて溺水の苦しみを味わわせる水責めなどの拷問を受け、翌日死亡した。
朴鍾哲は当時20歳だったというから、1962年生まれの作家とほぼ同世代だ。
作品は、2×3メートルの黒い水槽の中から水面ギリギリに3つスピーカーが顔を出しており、そこから『Mr. Sandman』の「bring me a dream〜♪」というフレーズが、やや古ぼけた音でとぎれとぎれに流れる。
手前には、水面に口をつけた拡声器(学生運動に不可欠なアイテムだ)が置かれてあり、それに連結されているペダルを観客が踏むと、水面から拡声器が持ち上がる。
すると拡声器は、「知らない! 知らない!」と口から水を滴らせながら悲鳴を上げる。
知ることのない先輩の所在を追及されて、叫ぶ朴鍾哲そのものだ。

(出典:http://www.ahnsoojin.com/)
また、展覧会名にもなっている作品「metronome」は、大きなメガホン状のステンレス板に、小さなおもちゃのパワーショベルのショベル部分が付けられており、それが2つ対になって向かい合っている。
ショベルは規則的に動き、空を切るたびにギシーッという嫌な音を立てる。
その音がメガホン状のステンレス板を通じて拡声され、会場内に響く。
ショベルの動きはメトロノームのように反復し続ける・
私たちが住む社会を物質的に作り上げる際に使われた重機のリズムが、私たちや社会にも刻まれていて、私たちはこのリズムを聞かされ、破壊と構築の反復に慣れ、無意識のうちにパブロフの犬のように反応しているのかもしれない。
撮影を許可くださったイルミン美術館に感謝申し上げます。
展覧会原題:비-ㅌ구자영 비디오,퍼포먼스전 / 메트로놈안수진 비디오,키네틱 설치전
2019.6.28.再編集