ソン・サンヒ  blue hope 展  2004.11.05-11.21

3階展示場入口に展示された作品『東豆川』©️Sanghee Song

ソン・サンヒは、写真・映像を中心に制作を行う作家である。
韓国における象徴として消費されていく女性、そして権力や多勢に利することの多い現実の前に黙さねばならなかった、あるいは死ななければならなかった名もなき人々を表現している。

扱うテーマは非常に政治的で、重厚で、かつ韓国に特化されている。
男性中心社会における男性優位と女性蔑視、弱者無視を批判的に指摘する作品が多く、韓国社会をある程度知っている必要がある、あるいは作品を通じて韓国の状況を知る必要があるのだが、作家独特のもの静かなウィットとユーモアで、作品による問いかけを、単純な反発や拒否反応には感じさせないもの、激しさはないのに本質を突いたものへと昇華している。

INSA ART SPACE企画による本展では、2004年の釜山ビエンナーレにも出展された『令夫人A』や『国立劇場』をはじめ、ソン・サンヒの新作が展示されている。

『令夫人A』©️Sanghee Song

『令夫人A』と『国立劇場』はひと組みの作品と思っていいだろう。
『令夫人A』は、いかにもファーストレディといった上品な女性が、ピンクのチマチョゴリ、白い手袋、勲章と紅綬を着け、斜め前方を見据えている肖像写真である(扮するのは作家本人)。
その女性の片方の目から、わざとらしいくらいの大粒の涙が一筋流れている。
韓国人であれば、あるいは韓国の現代史にある程度通じている人であれば、ひと目見ると、それが朴正煕元大統領夫人の陸英修(慈善活動に多く携わり、良妻賢母の見本として全国民的に称えられた人物。ただし後年、非常に短気で良妻賢母とは思えなかったといった側近の証言も存在している)を思い浮かべるだろう。

しかし、わざとらしい一筋のきらめく涙のおかげで、それが陸英修だという理解は維持しながらも、その人物がデフォルメされたような、あるいは演出されたキャラクターであるような印象を与える。

これは陸英修であって陸英修ではない。
それは描かれた人物を匿名化したタイトルにも表れている。
これは朴正煕の「令夫人」、そして「理想の母」として象徴化された一人の女性像であり、そうした役割は誰にでも与えられがちであることを告発している。

「理想の母」として象徴化された一人の女性像であり、そうした役割は女性の誰にでも与えられがちであることを告発している。


映像作品『国立劇場』では、ある式典が映し出されている。
やがて、「この日に、わが国がさらに一体であるべきと強調したい」と施政者が演壇で演説し、少し離れて横に令夫人が座る舞台に向けて、客席から何者かが発砲する。
異常の気配を察して舞台の奥から飛び出し、取り押さえられつつある刺客に銃を構えるセキュリティーポリス(SP)、舞台下の脇から暗殺者に飛びかかるSP、被弾して倒れる夫人、演壇に隠れ、難を逃れる施政者。
ここまでの一連の動きが、同じ舞台上にて、同じ役者によって、何十回と繰り返される。

この映像が、1974年8月15日国立中央劇場にて、北朝鮮の工作員となった在日韓国人の刺客が、光復節(日本の敗戦による植民地支配からの解放を祝う日)の演説を行う朴正煕大統領の暗殺を図った「文世光事件」を再現したものだということは、『令夫人A』が誰を意識した肖像であるかわかる人なら、すぐにわかるだろう。
なぜならこの事件は、実際の一部始終が舞台の正面から固定撮影されており、刺客が発砲してから鎮圧されるまで、そして「令夫人」陸英修が被弾し苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちる衝撃の瞬間が、記録映像として幾度となくテレビなどで放送されているからだ。

事件が発生した場所が劇場であることが、そもそもこの衝撃的なできごとを演劇のように感じさせるのだが、本作では登場人物や小道具をできるだけ少なくし、同じ場面を何テイクも実演することで、いっそうこの場面を劇場化し、滑稽にすら見せている。
身を伏せる大統領、飛び出すSP、崩れ落ちる令夫人、彼らは「◯◯役」というキャラクターとなり、実際の殺害事件とはかけ離れたものへとどんどん遠ざかっていく。
そして、この一連の流れや登場人物を、われわれ大衆は多かれ少なかれ消費しているのだ、ということを感じさせる。

なお実際の事件ではこの後、朴正煕大統領は残りの演説を続けた。
陸英修はソウル大病院に移送されたものの、回復はかなわず亡くなっている。
前述した側近の言葉にもあるように、後になってさまざまな逸話が出て来たりするものの、作家は「良妻賢母」の役割を演じなければならなかった「令夫人」についてその点では同情的であり、全女性の問題として提起している。


展覧会名にも冠されている作品『blue hope』は、3点の写真作品で構成されている。いずれも撮影地は、マッカーサー将軍が主導し、朝鮮戦争における国連軍側の劣勢巻き返しの契機となった仁川上陸作戦が行われた月尾島である。

3枚の写真のうち、左に据えられている写真では、赤地に白ででかでかと「望夫石」と書かれた旗を肩に担いだ白いチマチョゴリ姿の女性が、岩の上から海を見つめている。
「望夫石」とは、新羅・百済・高句麗の三国時代の説話で、自国の人質を解放しようと倭(日本)に向かった新羅の武将・朴堤上(パク・ジェサン)の夫人と娘が、隧述嶺(チスルリャン、蔚山と慶州の境界にある)から日本の方向を毎日見ながら夫の帰りを待ち続けていたが、ついにその地で岩になってしまった、という伝説からきた言葉である。
戦争の愚かさとともに、これも、夫に尽くす妻を尊ぶ「社会に要請される妻の在るべき形」を映していると言えよう。

真ん中に据えられた写真は実際の仁川上陸作戦の記録写真を色調加工したもの、そして右側のもう1枚は、おそらく朝鮮戦争後を時代設定とした、バスガイド風の女性が映る、一見平和なスナップ写真だ(扮するのは作家自身)。
しかしよく見ると、バスガイドの女性の左腕は失われている。
戦争には積極的にかかわりはしなかったろうが、失うものの大きかった女性らの悲運と生き続けることの苦悩を、こうした形で示してくれている。


他には、童話のようなあるフィクションの状況を撮り、それにテキストで物語をつけた作品シリーズも展示されている。
そこでは、古朝鮮の神話、檀君神話(人間になりたいと願った熊と虎が、ヨモギとにんにくだけを食べて洞窟にこもる修行をし、虎は途中で諦めたが、熊は修行を果たしたため、天帝の子と結婚し、朝鮮民族の始祖・檀君が生まれたというあらすじ)や、高句麗の建国伝説である朱蒙神話(東扶余の王が柳花という女性を幽閉していたところ、天帝の光を受けて女性が受胎、のちに卵を産んだ。王はこれを捨てさせたが、食われもせず、壊れもしなかったため柳花に卵を返したところ、そこから高句麗の初代王が生まれた)からモチーフを得ている。


檀君神話を扱った写真作品(『太平な治世を夢見る虎』)は、神話にある紀元前2373年に人間になれなかった虎が、平和な世の中を願って、4373年ぶりに同じ修行に再挑戦し、民族的英雄になるべく洞窟にこもっている、という札がかかっているのが見える。その下にある洞窟から、ぬいぐるみのような虎の尻尾がはみ出している。
朱蒙神話を扱った写真作品捨てられた卵』)では、ごみ収集所に捨てられた巨大な卵が写されている。
伝説では東扶余の王に捨てられた卵だが、現代においてはごみ収集所に捨てられているというわけである。近隣の住民らは、高句麗の始祖・朱蒙と同じ偉大な人物が生まれ、新しい世界を作ってくれると期待し、卵が孵るまで世話をしている、というストーリーが付与されている。

『オモニ』©️Sanghee Song

全身金色に塗りたくられた女性を写した作品『オモニ(母)』。
女性は飾り気のないチマチョゴリを着、三つ編みを頭上に結い上げた伝統的な髪形をしている。金色に輝きながら台座の上に鎮座する女性は、まさに伝統的朱子学が理想とする女性を象徴しているように見える。
しかし、もし本当に理想化するのであれば、王道の、西洋的彫塑の方法をもって作られた像になりそうなのだが、本作はあまりにリアルで(作者の体に金色の塗料を塗っているため、リアルなのは当たり前なのだが)、かつあまりに安っぽい金色に塗られており、それが「理想化された像」とのギャップを強く感じさせるという、シニカルな作品となっている。


また『東豆川』と題された作品では、通りで遠巻きに米軍兵士が見つめる中、韓国人女性が目と口をガムテープで塞がれたまま歩いている。
東豆川はソウルの北方にある地方都市で、市の面積の3分の1が米軍基地で占められており、米軍の町として知られている。
韓国の地方における米軍駐屯地問題というのは、日本の沖縄におけるそれのように日常的で身近である。
米軍に依存した住民らの生業、ありふれた人種的蔑視、女学生らが軍用車に轢かれる事件、性欲の消費対象として見られる女性たち。
しかし生活や韓国が何によって守られているか、という大きな物語の前で、傷ついたものは目と口を、塞がざるを得なくなる。

このように、ソン・サンヒの作品は韓国内の文化や社会問題などを解説されなければ、なかなかすぐに理解ができないものかもしれない。
しかしその手法や落としどころはすばらしくスマートで、こんな風に自国を斬るアーティストがどれくらい世界にいるだろうと思わせる。



展覧会原題:송상희 개인전 – 푸른 희망 Blue Hope
2019.05.05.改変


後注:
*1:韓国では「陸英修狙撃事件」「朴正煕狙撃未遂事件」と称されることが多い。

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