こまごまと3件。
イ・ブル展 pkm gallery 2004.10.01-11.12

イ・ブル(李咄、이불)についてはもうよく知られているので、あまり説明する必要がないだろう。
1964年生まれのイ・ブルは、「韓国を代表するポップアーティスト」といわれるチェ・ジョンファらとともに386世代(1960年代生まれ)の現代美術作家の代表格である。
今まで女性作家といえば、柔らかさ、いわゆる女らしさや母性をそのまま表現することがが多かったが、イ・ブルはフェミニズムや、女性とテクノロジーなどをテーマに、繊細な素材を用いながらも戦闘的な表出方法において立体作品を多く作ってきた。
その世代の持つ社会的な問題意識から、フェミニズムの要素を携えた作品づくりというのは当然その世代の誰か(ら)には生まれるものだっただろうが、一見サイボーグやエイリアンのように見える彫刻作品や、ビーズやクリスタルをまとったワイヤーが多数触手のように伸びているメルヘンチックさと気味悪さを兼ね備えた作品を生み出して、国際的な評価を得ている。
1997年のMoMA Project Gallery(ニューヨーク)での展示、1998年のグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)でのHugo Boss Prizeの最終候補作家選出、1999年のヴェネツィアビエンナーレ韓国館および本展示出展と国際的な活躍が目覚ましい。
日本では昨年、東京の国際交流基金アジアセンターで『世界の舞台』と題して大きな展覧会が開かれており、同世代の日本の作家との交流も多い。
今回の個展の会場は、観光地で有名な仁寺洞(インサドン)からアートソンジェセンターの方向(北)へ歩いた途中にある花洞(ファドン)という場所にあるpkm gallery*である。
海外作家ではベルント&ヒラ・ベッヒャーやブルース・ナウマン、韓国作家では若手のハム・ジン(함진、極小の立体作品を作ってギャラリーに配置、観客に見つけ出させる展示を行う)などの展覧会を開いてきた。
2001年に第49回ベネチアビエンナーレ韓国館のコミッショナーを務めたパクキョンミ(박경미)によって設立されたコマーシャルギャラリーで、イ・ブルの所属先でもある。
去年、同ギャラリーにてドローイングのみの展覧会を行ったイ・ブルだが、今回はおなじみのエイリアン様のオブジェが1階と2階に一体ずつ、1、2階にエナメルの板に螺鈿を埋め込み、花と虫とエイリアンがお互いを蝕んでいるような物体を描いた作品が10点ほど、またクリスタルとビーズで作ったシリーズが2点展示されている。

このビーズのシリーズのうち1点が新作「Autopoiesis」である。
Autopoiesis(オートポイエーシス)とは、1970年代にチリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・バレーラにより提唱された、生命が持つ固有の生産システムのことである。たとえば、人間は個人が1個の生命体ではあるが、その体の中で新しい細胞を常時生み出すことができなくなれば、生存の維持や同じ種の生産ができなくなってしまう。そうした自己生産システムのことを指す。
このシリーズは今年4〜6月にニューヨークの有名ギャラリーDeitch Projectsにおける個展『monsters』で大変好評だったという。
既存の作品からも受け取ることのできる「サイボーグ」「モンスター」という概念をそのままに、機械じみた「人間でないもの」ではなく、もっと有機的で、今にも動く、あるいは成長していきそうなイメージを作品として再現することに成功している。
地下のフロアには、水彩やペンで描かれた、生き物にもメカにも見える物体のドローイング60余点が整然と並んでいる。
アニメのセル画のようなラインで描かれた絵が、本会場に来る前にKUKJE galleryにて見たエヴァ・ヘッセ(Eva Hesse)のドローイングに描かれた、有機的な機械(あるいは機械的な有機物)と少し重なる。
さすがと言おうか、カードボックスにはシアトル美術館の学芸員や、名称が見えなかったもののドイツのどこかの美術館の名刺が入っており、私が観覧した時には観客も西洋人しかいなかった。
ニューヨークの展示が好調だった証であろう。
今後も海外での活躍が期待される。
展覧会原題:LEE BUL
2019.8.24.再編集
ユン・ジュギョン Contents Of Self-portrait II サルビア茶房 2004.10.6-10.28

サルビア茶房(タバン)は不思議な空間である。
ガラスの扉を開けると、すぐ足元から伸びる鉄の階段が地下へと導いてくれる。
最後の段を降りるとそこに広がるのは、内装の一切ない、コンクリートでできた建物の基礎部むき出しの空間だ。
明かりはついているもののなんとなく暗く、何か権力を目を逃れて開かれた展覧会にたどり着いた気がする。
このサルビア茶房は、1999年に実験的芸術を支援する非営利展示スペースとして誕生した。第1回の展覧会は、極小の人形を作って空間にインスタレーションし、観客に小さな作品世界を発見させ、集中させる手法をとるハム・ジン(함진、現在pkmギャラリーに所属)の個展であった。
「茶房」(喫茶店)と名が付いているが、店員などいない。カウンターもテーブルもない。
壁に、無機質な蛇口がひとつ付いているくらいだ。
その壁に、ユン・ジュギョン(윤주경)の写真作品がかけられている。
赤に染まった旗を持って、高速道路の分岐点に立つ男性や、プラスチックの簡易椅子の上に乗った、赤い造花。
味気のない風景の中に差す赤色が印象的だ。

正方形の空間を囲む壁のうち1面の壁に勝手口程度の穴がぶち抜かれており、そこから先のスペースは1メートルほど床が高くなっている(地下の構造ゆえ、もしかしたらかつてはトイレだったのかもしれない)。
秘密の小部屋のようなそのスペースに入ると、6台のTVモニターが積まれ、そっと映像作品を映している。
中心にあるもっとも大きなモニターには、狭い空間でダンベル運動やストレッチを繰り返す作家自身が映る。
その上に積まれたモニターには、間抜けな音楽を流すトラックの屋根に載せられた拡声器をズームアップした映像が流されている。
その左右を2台ずつで固める他の4台のモニターは、それぞれ画面の発色が違っている。しかしすべて同じ、タイヤ集積所になっている荒れた山などを映した映像を流している。
その映像では時々、作家が大きな拡声器を担いで歩いていくのが映る。
すべての映像の始まりには、こんなクイズ番組の音声が入る。
「みなさん、こんにちは。もう一回、大きく、アンニョンハセヨー!!」
これらは、作家が1991年から作ってきた写真・映像作品の中から、自画像というテーマに合うものを選んで集めたものであるという。
作品を作った時にはそのつもりがなくても、展覧会において一種のシリーズ物として再構築され、受容されていく。
なお作家が追うテーマは、社会が社会を構成する個人に求める「性的役割」であるという。家族、セクシャルアイデンティティ、社会と、自分の個人的な物語のかかわりをとらえているのだという。
なお付け足すと、本スペースは建築と雰囲気が独特なので、この雰囲気を味方につけられるかというのが展示の質を左右する気がする。
作家にとってはなかなか難しくもおもしろい空間かもしれない。
本展の様子は、project space サルビアのホームページで見ることができる。
展覧会原題:Contents Of Self-portrait II
2019.8.24再編集
チャ・ソリム message & code biim gallery 2004.10.15-10.29


朝鮮王朝(李氏朝鮮)時代の王宮である景福宮(キョンボックン)の奥、三清洞(サムチョンドン)にあるbiim gallery。
カフェを併設した小さなギャラリーである。
チャ・ソリム(차소림)は1996年に弘益大学校大学院を卒業した、まだ20代の作家である。
2002年にも同じ展覧会名で、別のギャラリーにて個展を行っているが、今回はさらに作品を洗練させたものになっている。
展覧会名の通り、テーマは「メッセージ」「コード」である。
鏡や窓、カンバスに刻まれる幾多もの文字。文字とは言え、それは何語でもない。
ガラス盤や鏡、カンバスに打ち付けられたように並ぶくさび文字のようないびつな四角形や、白いキャンバスに綴られたささくれた白い糸の一刺し一刺しが、何かのメッセージを持ったコードのように見える。
カンバスを使った作品のいくつかには、その文字の下に、動くのがもどかしげな蟻が描かれている。
文字、メッセージ、コミュニケーション、文字を綴った人の内側にあるもどかしい思い、疎通のつまづきを表現しているように見える。

チャ・ソリム「mirror-code」
作家がひと針ひと針、キャンバスに「文字」「メッセージ」を縫っていく作業をを淡々と映した映像作品「creation」も、ギャラリーの階段を上ったスペースに投影されている。

厚い布に、横文字で手紙を書くように綴られる白い糸。
淡々とその布と糸が擦れる音が響く。
たまに、鼓動のような音と、子供の笑い声が響く。
ギャラリーには作家本人もおられた。彼女は妊娠中で、大きなお腹を抱えて在廊されている。
それで、映像作品に鼓動のような音と、子供の笑い声が響いた理由がわかった。
あれは、今お腹の中で育ちつつある子供の胎動であり、彼女が綴ったのは、その子に向けた手紙だったのだ。
内なる他者にどんな思いを抱き、どんな手紙を綴ったのか完全なる他者であるわれわれにはわからない。
ただ、想いがあることだけはうかがえるのだ。
当時の展覧会の様子は、チャ・ソリムのウェブページにアップされた映像で見ることができる。
この映像には、作家の言葉がこのように綴られている。
出産を前にして準備することとなった今回の展示は、私に生命の意味を今一度取り戻させた。
こうした気持ちを背景に制作ができる機会を与えてもらった。
ビデオ作品からは、よりこうした状況の背景についてうかがうことができる。
胎児の心臓の拍動音を使うことで、反復性と規則性をもつ根源的な音を提示している。
私に浮かぶ文章のイメージは、私たちが求める共同のコードの姿であり、それは神のメッセージとも似ていた。
行為を続ける自分の姿は、対象に投入、あるいは投射されている小さな蟻の姿となり、文章のイメージを作り続けていく。
それは巨大なメッセージと疎通を求める人間の姿を、抽象的な形態と具体的な現象、複雑性と単純性などの形で、ひとつの画面の中に表そうとした。
展覧会原題:message & code
2019.8.24 再編集
後注:
*1:pkmギャラリーは、所属アーティストの活躍もあってその後順調に成長を続け、2008年清潭洞に2号店となるpkmトリニティギャラリーをオープンし、また2015年には6200平方フィートという巨大な敷地を得て、三清洞に移転している。
*2:サルビア茶房は、オルタナティブスペースプルと共に最後まで仁寺洞に残った実験的アートスペースであったが、当地の観光地化に追われ、現在はproject space サルビアとして景福宮の西側へ移転している。