チョスプ「スプを生かしめよ!」(2002) + チェビョンス「ハニョルを生かしめよ!」(1987)



조습_Jo Seub [b.1975] / 습이를 살려내라_Do bring Seob back / 151×116cm / デジタルクロモジェニックプリント / 国立現代美術館蔵
최병수_Choi Byeong soo [b.1960] / 한열을 살려내라_Do bring Hanyol back / 7.5×10m / 懸垂幕 / 国立現代美術館蔵

チョスプ「スプを生かしめよ!」

チョスプは、シンディ・シャーマンのように他者に扮した自分(と友人ら)を撮影して写真作品を作る、いわゆるコンセプチュアルポートレートを製作し続けている作家である。

ただシンディ・シャーマンのようにあたかも実在しそうな架空の人物に自らを飛躍させて現実に忍び込ませる手法とは異なり、韓国社会や韓国の歴史的事物を下敷きに、作家自身や友人らの姿をそこに憑依させ、しかしその姿を大袈裟に滑稽に変貌させることで、あまりに喜劇的に、そしてアイロニックに、自分を含めたそこに映る人々の生きる世界と国を切り取る作業を続けている。
一見若い男性たちがふざけて遊んでおり、観る者を笑わせようとしているように見える作品でも、その背景には韓国社会への風刺が必ず漂っている。

本作「スプを生かしめよ!」は、ある歴史的な一葉の報道写真、あるいは1987年に制作されたチェビョンスの「ハニョルを生かしめよ!」を下敷きに作られた作品である。

(なお살려내라は「救い出せ!」と訳した方がわかりやすいとは思うのだが、著書『ハングルへの旅』で「사람 살려!(助けて)」を「人を生かしめて!」と解説した茨木のり子の言葉を借り、またこのイメージを過去のものとせずいつの時代にも生かそうとする人がいることを考えて、本サイトではこのように訳出している)


チェ・ビョンス「ハニョルを生かしめよ!」


「ハニョルを生かしめよ!」は、1987年6月9日、延世大学校正門で行われた、同年1月に南営洞にある対共分室(北朝鮮の思想をはじめとした共産主義的思想を取り締まる公安組織)にてソウル大学生パクジョンチョル(朴鍾哲:박종철)が水拷問を受けて亡くなった事件の抗議集会において、公安と悶着していた学生運動側の最前線にいた延世大学生・イハニョル(李韓烈:이한열)が、公安が放った催涙弾の直撃を後頭部に受け、意識朦朧としたところを同校同級のイジョンチャン(이종창)が駆けつけ、退避させるシーンを懸垂幕画(コルゲクリム)とした作品である。


ここに描かれた構図は、ロイター通信の写真記者チョンテウォン(정태원)がとらえた歴史的な一葉の写真をそのまま引用している。
韓国に生まれ住んで、この写真を知らない者はいないだろう。


ロイター通信のチョンテウォン記者がとらえた、催涙弾直撃直後のイハニョル氏を抱きかかえて退避させようとする同級のイジョンチャン氏。この写真は韓国における歴史的イコンとなる。
(出典:[오늘의 이한열을 사는 사람]③ ‘역사 바꾼 그 사진’ 정태원씨

イジョンチャン氏が当時を振り返るインタビュー映像。故郷や学校が同じことからさまざまな報道にて友人とされてきたが、実はこの事件当日がイハニョルとの出会いだったという。

中央日報の1面に掲載されるや、民主化運動家、学生運動家をはじめとする国民らの心を捉え、間もなく民衆美術(主に版画と懸垂幕画を用いた美術による民族運動・民主化運動)の作家であったチェビョンスにより版画として制作される(版画は誰にでも刷れ、大量にばら撒くことができ、見る人がすぐに理解できる、民族運動・民主化運動においては重要なメディアであった)。


そして巨大な懸垂幕画へと変造され、民主化運動、学生運動の象徴として、多くの人の目に触れていくこととなる。

ユンジウォン「夏の9日間」より、複製の「ハニョルを生かしめよ!」が掲げられた延世大学学生会館。
現在でも6月に慰霊祭が営まれる学生会館から、イハニョル氏が被弾した正門まではすぐだ。


チョスプの作品は、すでに非常に有名になっている2つのメディアによる同一イメージをさらに扱うという(勇気のある)方法をとっており、しかも一見お気楽なパロディのように表現されている。

時は2002年、5月31日から6月30日にかけて開催されたFIFAサッカー日韓ワールドカップに韓国の全国民が湧きに湧いていた。
作品に写る人物が着けているのは、その当時の韓国ナショナルチーム応援グッズである「レッドデビル」のTシャツやタオルである。
そして背景はソウル市庁前広場。
ここは日韓ワールドカップで快進撃を見せる自国の代表チームを応援するため、決勝トーナメントのパブリックビューイングが行われ、数十万もの市民が駆けつけ熱狂した場所である。
(韓国は16強でイタリアに〔韓国外のサッカーファンには悪印象で語り継がれているが〕、準々決勝でスペインに勝利、準決勝に進むがドイツに敗北、3位決定戦でもトルコに負けてしまう。当時の市庁を写した写真はこちら

その熱狂の陰で、イハニョル氏が催涙弾に倒れてから15周年となる6月9日は静かに過ぎていった。

そして6月13日、京畿道楊州郡(現・楊州市)の地方道第56号線の歩道を友人宅が営む食堂に向かって歩いていた2人の女子中学生が、駐韓米軍第二歩兵司団の装甲車(M60 AVLM、地雷除去に使われる)に轢かれ、頭部を完全に砕かれて亡くなるという事件が起こった。
米軍側が「避けようのない事故であった」と説明し、装甲車を操作していた米兵らが軍事裁判で無罪判決を受け無事に帰国したこの事件は、のちに大きな反米運動へとつながっていくものの、ワールドカップの熱狂と喧騒の中ではかき消されてしまっていた(事件翌日はサッカー韓国代表の16強進出をかけた予選最終戦となる対ポルトガル戦が開催されており、また金曜日と週末を迎えていた国民とメディアの関心は完全にそちらに向いていた)。

ノ・スンテク「コメリカプロジェクト」(『リアリング15年』展より)
轢殺された女子中学生2人の写真を掲げた住人たちの抗議運動を映している。


独裁政権のみにわれわれ国民は殺されるのではない。
皆が1つのものだけを熱狂し見てしまっているときも、人は殺され、その死すら殺されることがある。
「ハニョルを生かしめよ!」が示すものは、いつの時代にも召喚される。
ハニョルの死だけでは学べなかったのか、そしていつでもわれわれを殺すものはわれわれの中にもいるのだということを、その表面的なおかしさとは裏腹に、問いかけてくる。


※本稿の作品画像のうち、「スプを生かしめよ!」は『サムジースペース1998-2008-2018:今なお恐ろしい子どもたち』展(2018年9月14日〜26日、敦義門博物館村)、「ハニョルを生かしめよ!」は『国立現代美術館開館50周年記念展《広場 美術と社会 1900-2019》』(2019年9月7日~2020年3月29日、国立現代美術館果川館、ソウル館、徳寿宮館)で撮影したものです。

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